02
〜恭一side〜
2号店へ移る前日
仕事を終えた私は、美羽さんを自宅へと連れて来ていた
2号店へ行ってしまえば何かと慌ただしいだろうし、アモーレとアマートでは店休日も違う
そうなれば、会える時間は必然と限られてくる
だからその前に
ほんの僅かな時間でも、彼女と一緒に過ごしておきたかった
今の時代、携帯を使えばいくらでも繋がっていられるのだろうが
どうも、電話をするのもメールを打つのも苦手だ
“何か話さなくては…”
話題を探して、電話口で頭を悩ませたり
メールも必要以外に、何を書いて送ったらいいのか全く分からなかった
連絡をマメにする男の方がきっと女性は喜ぶのだろう
彼女に想いを告げた時も
“自分を変えるよう善処する”
そう言ったものの
実際、この歳で自分を変えるとなると容易い事ではなかった
“今の恭一さんが好きだから、そのままでいいんです”
いつだったか…
照れ臭そうにはにかみながら言ってくれた彼女の言葉に、いつまでもどこか甘えているのかもしれないな
「……ち…さん?―――恭一さんッ?」
「…あ、あぁ、すみません。少しボーっとしてしまいました」
彼女の呼び掛けに我に返る
「はい、どうぞ。珈琲入りましたよ。でも、珍しいですね?恭一さんがボンヤリするなんて…何かあったんですか?」
珈琲を小さなテーブルの上に乗せ、心配そうに私の顔を覗き込みながら彼女は言った
立ち上る珈琲の香ばしい香り
テーブルには色違いの揃いのカップが仲良く並ぶ
「いえ、何も心配する事はありませんよ」
「……そうですか。でも、疲れているみたいだし…。明日から忙しいのに、私がいたんじゃゆっくり休めないですよね?私、帰りますから恭一さんはゆっくり休んで下さい」
そう言って
側に置いてあった鞄を掴み取り、彼女はそそくさと立ち上がる
「あ、いや、そういうわけではなく…」
“もう少し一緒に…”
帰ろうとする彼女の腕を咄嗟に掴んだものの
そこから先の言葉が出てこない
これまで、他人とは壁を作り自分を晒け出す事をしてこなかった私は
“自分の気持ちを素直に相手に伝える”
という事が出来ない人間になっていた
――――もし、彼女が帰りたがっていたとしたら…?
その考えは口数の多くない私をますます黙らせる
漂う不穏な空気
彼女は何か言いたげな…
それでいて、泣き出しそうな潤んだ瞳で私を見上げる
ドクンッ…
そんな顔で見つめられたら――――――……
私は、掴んだままになっていた美羽さんの腕を引き寄せ、思わず自分の胸元へと閉じ込めた
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