37
〜美羽side〜
もう泣きたくないのに
いつまでも泣いてなんていられないのに
涙は枯れる事を知らず溢れ出す
抑えようとすればするほど涙腺は緩くなり
抱えている不安を、もう止める事は出来なかった
「ズッ…グスッ……ごめっ、なさ…。すぐ…ズズッ、泣き止みっ…ますから……」
目を伏せ、手の甲にゴシゴシと涙を擦り付ける
早く泣き止まなきゃ…
これ以上、心配かけちゃいけない
───フワッ…
「…!」
何とか心を落ち着けようと必死になっていたその時
すぐに“彼”だと分かる珈琲とは違う甘い香りが、私の鼻を掠めた
その香りに驚いて顔を上げる
「ミケ…レさ……?」
ミケーレさんが伸ばした両手の先には私の頬があって
そっと優しく包んでいる
「そんなに擦ったら、真っ赤になってしまうよ」
眉をハの字にして、唇を僅かに緩めると
親指で拭ってくれた
「………………止めればいい」
「え?」
不意に発したミケーレさんの言葉の意味が分からず、私は尋ね返す
「そんなに辛いなら止めればいい……」
尋ね直しても言葉は同じ
私は耳を疑った
そのままミケーレさんの顔がゆっくりと私に近付いて来る
───キスされる
そう分かっているのに…
どこか辛そうな色を映した瞳
けれど、何か…決意を含んだような……
揺るぎない瞳
その瞳に囚われ
彼から目が逸らせない…
私は、吸い込まれるようにゆっくりと瞼を閉じた―――――――――………
そっと触れた唇から、ミケーレさんの想いが流れ込んでくるようだった
キュゥッ…っと切なくなって、また涙が零れる
短いキスの後
唇を離したミケーレさんと視線が絡むと
「僕のせいだね…」
そう言って、再び零れた涙を拭ってれた
「美羽が幸せならそれでいいと思っていたんだ…。2人の間に割り込むつもりも毛頭なかった。――――けど…」
頬に添えられていた手は、壊れ物を扱うようにそっと体を抱き締める
「けど、これ以上……君が悲しむ姿は見ていられないんだ…。辛いなら僕の所へくればいい……僕なら全力で美羽を受け止める」
すっぽりと覆われた胸の中で、彼の想いが響き渡る
ずっと…ミケーレさんの想いに私は救われていたんだ
抱き締めていた手は緩められ、私の手を取る
「美羽…僕は君を愛している」
甲にキスを1つ
まるで、紳士が淑女にするように……
曇りのない真っ直ぐな眼差しが私をじっと見つめる
「全部、忘れさせるから…」
そう言うと
手を握りしめたまま、再びミケーレさんの顔が近付いてくる
その仕草に、自然と私も瞼を閉じようとしてハッとした
───グイッ!
両手でミケーレさんの胸を押し返す
「あ…あのっ……私……帰ります!……お世話になりました」
慌てて立ち上がり、側に置いてあったバックを拾うと、その場から逃げるようにして玄関へ急いだ
「美羽!!送って行くよ!」
後ろからミケーレさんの声が聞こえたけど、聞こえないフリをして家を飛び出した
―――ドクンドクンドクンドクン……
ハァ、ハァ、ハァ………
心臓が煩い
身体全部が心臓になったように大きく脈を打つ
吹き抜ける夜風の寒さも微塵も感じない程、身体が火照る
――――どうして私……
キスしちゃったんだろう……
top