36 決意
〜ミケーレside〜
──カチャッ…
「すみません、お待たせしました」
「あぁ、ありがとう。美羽、大丈夫だったかい?」
「はい。使い方が慣れなくて、ちょっと手間取っちゃいました」
美羽は、トレーを顔の前で握り締めて苦笑いを見せる
「さぁ、そんなところに立っていないで、ここへおいで」
ポンポンッ―――と座っているソファの隣を叩いて、その美羽を促した
「……………………」
「……………………………」
隣に美羽が腰を下ろすと、それまで弾んでいた会話は何だったのかと思う程
2人の間には不自然な沈黙が流れた
静まり返った空間にあるのは
淹れたての珈琲の香ばしい香りと
カップからゆっくりとユラユラ立ち上る蒸気
そして、微妙に空いてる2人の距離
どこか違う
ついさっきまでの美羽とは……
けれど、僕はこの美羽を知っている
むしろ、最近はずっとこっちの美羽だった
恭一の事で悩む君
今も、君は恭一の事を考えているのか…?
君のそんな顔は見ていたくないよ
「美羽?恭一とは、あれから連絡を取っていないみたいだが……」
沈黙を破り切り出した話題に、美羽の身体がピクッと揺れる
「全てはあの男がした事だったんだ。キチンと誤解だったと伝えればいい…」
しかし、美羽の表情は一層曇ってしまった
誤解が解ければ恭一だって…
そうすればまた、美羽に元の笑顔が戻る
そうすれば、2人は幸せになって―――――……
僕はそれでいい
それなのに…どうして美羽は、そんなに苦しそうな顔をするんだい?
「……あんなに表情のない冷たい目をした恭一さんは初めて見たんです」
それまで、重く口を閉ざしていた美羽がポツリポツリと話し出した
「普段、言う事は厳しいし、愛想がいいのもお客様の前だけで、冷たく見られがちですけど……けど、瞳の奥はいっつも優しくて……温かくて……。それなのに……私、恭一さんにあんな顔させてしまって……。きっともう…嫌われちゃいました」
「美羽、それは違う!」
けれど、美羽は両手の掌をギュッと握りしめ、首を横に振る
「わたっ、私が…軽弾みな事したっ…ヒック…したから……こんなっ…」
あぁ…だから君は――――――………
自分自身が許せなくて責めていたんだ
君は何も悪くないのに…
「悪いのはあの男だ。そうだろう?君が苦しむ事はないんだよ。迷わず、恭一のところへ戻ればいいんだ」
「…っ、でも……あ、あんな事されて…ッ……」
美羽の顔がさらに歪む
―――駄目だ…抑えるんだ……
「何度も言うように、美羽は被害者だ。恭一に言いづらいのなら、代わりに僕が話そう。それでいいだろう?」
しかし
その言葉にも、美羽は首を振る
「ゔぅ…ッ…ミケ…レさんにずっと迷惑…掛けてばっかり……ズッ……わ、私がっ…強く…強くならなきゃ……」
泣くまいと歯を食い縛り、必死に涙を堪える
それでも、堪えきれない涙が彼女の陶器のような白い手にポタポタと滲んだ
――――言ってはいけない…
美羽をもっと苦しめるだけだ
けれど…
美羽の涙をもう何度見た…?
こんな君を前にして、僕は何もしないのか?
君が幸せでないなら意味がないんだ
―――あぁ…もう無理だ……
いつもの様に慰めの言葉、励ましの言葉はもう掛けられなかった
今まで心の底で抑えに抑えていた気持ちが、止めどなく溢れてくる
もう、これ以上は限界だった……
恭一
君がしっかり捕まえておかないからいけないんだ
美羽は僕がもらう
そう決めた僕は、両手を彼女の頬へと伸ばした――――――………
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