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「うわぁ…綺麗なお部屋ですね」
──あの後
私はミケーレさんのマンションに来ていた
時計は既に真夜中だったし
今の酷い顔のまま帰ったんじゃ、両親も何事かと心配するだろうから…というミケーレさんの配慮で、ここへ連れて来られていた
正直、今、上手く言い訳する自信なんかなかったから凄く有り難かった
初めて足を踏み入れたミケーレさんの部屋は、無駄な物が何もない…モノトーンで統一されたシンプルな空間だった
凄くお洒落で、映画やドラマなんかに出てきそうな雰囲気
そんな中でふと、広いリビングの隅に置いてある本棚に目が止まる
「凄い…料理の本が沢山ある……やっぱりミケーレさんて料理人なんですね」
「酷いなぁ……僕を何だと思ってるんだい!?」
「あ…すみません」
「ハハハッ…。美羽、今、ココアでも入れるからソファに座って待ってておくれ」
そう言って、苦笑いをしたミケーレさんはキッチンへと消えていった
何だか、不思議…
あんなに恐い思いをしたのに、今は凄く落ち着いてる
これってミケーレさんのお陰だよね…?
何故だか、ミケーレさんの顔を見てると安心出来る
──カチャッ…
「はい。ミケーレ特製ホットココアだよ」
辺りが甘い香りに包まれハッとすると、目の前にカップが差し出されていた
部屋が少し冷えているせいか、カップから立ち上る湯気は、より一層白さを増しているように見える
「特製…?何か隠し味でも入っているんですか?」
「あぁ、僕の愛情がたっぷりとね。これを飲んだら、きっと美羽もすぐ元気になるよ」
「ミケーレさん…」
いつものミケーレさんに釣られて自然と笑顔になる
その優しさが痛い程、胸に染みた
「そう言えば…ミケーレさんはどうして私の居場所が分かったんですか?」
私の問いにミケーレさんは、隣に静かに腰を下ろした
「雨宮クンが知らせてくれたんだよ。ほら、僕と琢磨は店に残っていただろ?その時に、雨宮クンから店に電話が入ったんだ…」
「礼さんが…?」
「あぁ。君によく似た女の子が男に抱き抱えられる様にしてホテルに入って行く所を見たって…。タクシーでホテルの前を通り過ぎた時に、チラッと見ただけだったから美羽かどうかは自信が無かったらしいんだが、何だかその二人の様子がおかしく見えたから…って、わざわざ電話をくれたんだ」
「……そうだったんですか。後で、礼さんにもお礼言わないと……」
その時、もし礼さんがホテルの前を通らなかったら―――――………
「僕も、あの男の事は妙子から聞いて知っていたし、君が“今日、人と会う約束をしてる”って言っていたのを思い出して、もしかしたら……って。それで、慌ててコックコートのまま店を飛び出して来たんだよ」
もし、ミケーレさんが気付いていなかったら―――――……
私があれだけで済んだのは奇跡だ
「ミケーレさん……本当に、本当に有り難うございました。私、ミケーレさんや礼さんがいなかったら今頃…………」
「男が女性を守るのは当然の事さ。何も気に病む事じゃない」
「それだけじゃないです…。私のせいで、右手がこんなに腫れちゃって…これじゃ、仕事が……ごめんなさい…」
奈生さんを殴った右手は、痛々しく赤紫に色を変えていた
私のせいで…
心が張り裂けそうなくらい重く…苦しくなってくる
──フワッ…
するとミケーレさんは、私の気持ちを知ってか知らずか
自分の両手で、カップを持つ私の手を丸ごと包み込んだ
きっと、右手は痛いはずなのに…
その手に力が入る
「僕は大丈夫だよ。こんな右手一本で美羽を守れるなら安いものさ」
どこまでも、どこまでも
優しいミケーレさん
そんな風にされたら、寄り掛かりたくなっちゃうよ…
今だけ…
今だけだから
少し甘えてもいいですか…?
今は、側にいて欲しい―――――――………
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