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〜美羽side〜
ミケーレさんに殴られた奈生さんは、慌てた様子で部屋を出て行った
ハァー…
奈生さんの姿が見えなくなってやっと、強張っていた身体から完全に力が抜けた
「美羽、大丈夫かい?」
さっきまでの鬼のような形相は消え
私に目を向けたミケーレさんは、いつもの穏やかな表情に戻っていた
そっと背中に手を当てて、上体を起こしてくれる
私は、ミケーレさんが掛けてくれたコックコートで胸元を隠すようにした
そこに存在するモノをこれ以上見られたくはなかったから
私自身、出来れば消してしまいたい………
「あぁ…綺麗な肌にこんなに痕が付いてしまって…」
ミケーレさんは私の手首を取り、親指でそっとなぞった
赤紫色の痣がくっきりとついた手首
まるで、壊れモノを扱うように優しく…
───ポタッ…
え…?
私の手の平に小さな水の粒が溜まる
ミケーレさんの瞳からは一筋の涙が零れていた
「ミケ…レ、さ……」
目を疑うような光景
あのいつも陽気な…笑顔のミケーレさんの悲しみに歪む顔
その表情は私を捕らえて離さなかった
「―――っ、すまない。美羽の方がよっぽど辛い目にあったっていうのに…僕が泣くなんて……おかしいね」
無理矢理笑顔を作るものの、その表情は一層切なく見え、胸の奥を締め付けた
ミケーレさんはそのまま右手を伸ばし、涙でグシャグシャになって顔に張り付いてしまった私の髪の毛を、そっと拭い取ってくれる
「君に何かあったら僕は……」
そこから先の言葉は続かず
まるで、何かを我慢しているかのように苦しそうな瞳で私を見つめていた
――――そんな顔しないで…
私は、髪に触れていたミケーレさんの右手を掴み取り
「…私は大丈夫です。助けてくれて、本当に有難うございました」
その手を自分の頬に宛がい、感触を確かめるように目を閉じた
何でそんな事をしたのか自分でも分からない
ただ、目の前のミケーレさんが
とっても小さく見えて
これ以上…見ていられなかった
「美羽…美羽は優しいね…。けど、本当は大丈夫じゃないだろう?無理しなくてもいいんだ。じゃないと、美羽の心が壊れてしまうよ…」
そう言ってミケーレさんは、私の身体をそっと抱き締めた
これ以上ないくらい優しく……
やっぱり、ミケーレさんには何でもお見通しで…
それが何故か嬉しくて
ミケーレさんの甘い香り
耳に響くミケーレさんの心音
そこにいるだけで、私の気持ちを溶かしてくれる太陽みたいな人
まるで、心地いい日溜まりの中にいる様な……
いつの間にか、私にとってミケーレさんが安心出来る場所になっていたんだ――――――――――――……
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