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〜奈生side〜
───痛っ…つぅ……
突然、部屋に入って来た男に勢いよく引っ張られ床に叩きつけられたせいで、後頭部を思い切り打った
強い衝撃に頭の中が大きく揺れ、視界が歪む
―――誰だこいつ…?
コックコート…?
アモーレの人間か?
薄暗がりの中でも一際白く浮かび上がる調理服から、それは容易に想像出来た
こんなに必死って事は、コイツも………
そんな事を考えながら、未だに痛みの治まらない頭を抱え何とか起き上がろうとする
「うぅ…このや…ろ…」
俺の声に、女から視線を移した男は、ゆっくりと俺の元へと近付きしゃがみ込むと
まだ立ち上がれていない俺のバスローブの胸元を
───グイッ…
と捻り上げ、顔を近付け言った
「うちのスタッフに、随分とご丁寧なマネをしてくれたようだね…?」
一見、穏やかな顔付きで冷静に言っているように見えるが
その地を這うような低い声からは、沸き上がる怒りを必死に押さえ込んでいるように感じられた
「……いえ。礼には及びませんよ…」
負けじと男の目を見据え微笑んだ
──ピクッ…
勘に触ったのか…嫌味を含んだその言葉に、男の眉間の皺がより深くなる
「―――っ…貴様っ!」
そのまま掴んでいた胸ぐらを、さらに上へグイッ!と引っ張り上げられると
──ダンッッ!!
再び床に思いきり打ち付けられた
「……っ、うっ…」
さっき痛めた後頭部にさらに痛みが重なる
───ズキン…ズキン…ズキン
「うっ…」
痛みに歯を食い縛り、反射的に閉じた目をうっすらと開いた俺は
―――――っ!!
……ぶつかったその瞳に言葉を失った
まるで
本当にこの女の為なら、俺の事なんか何の迷いもなく殺してしまいそうな…瞳の奥底に宿る殺気
「これ以上、美羽に手を出してみろ……ただじゃ済まさない……せっかくの美形も台無しになるかもしれないな…」
目を反らそうにも、金縛りにあったかのように身体が動かない
こ、こいつ…
そして、次の瞬間───
左頬に鈍い痛みが走った
口の中に鉄の味が広がる
殴られたのだと理解したのは、頬が痛み出してから暫くしてからだった
「これは、彼女の痛みだ…覚えておくといい……レディは大切に扱うものだ。出て行け!もう、店にも二度と現れるな」
その言葉に俺は、着替えも持たず、側にあった鞄だけを咄嗟に掴み慌てて部屋を出たのだった
それだけで精一杯だった
俺だって、喧嘩はそこそこ強い自信がある
柔道、空手だってしていた
けれど、この俺が情けない事に、あの男の醸し出す震え上がるような殺気の前では、身動きひとつ取ることが出来なかったのだ
瞬時に、こいつには敵わないと本能が悟った
それだけあの女に本気だということか…
人の女だろ!?
本気になってどうすんだよ……
とんだ誤算だったな…
―――クソッ、面白くねぇ
けど、これ以上関わるのは得策じゃないな…
面倒臭いゴタゴタに巻き込まれるのはゴメンだ
勿体ないが、あの女からは手を引いた方が良さそうだな――――――…………
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