30 救世主
「なっ、何だっ!?」
奈生さんの耳にも届いたその声に、驚いて私の身体から上体だけを起こすと、部屋の入り口へ視線を向けた
私も動かせる首を精一杯捻り、ドアの方へ視線を向ける
「美羽!美羽っ!!」
───ガチャッ!
バァーーーーーン!!!
「美羽っっ!!!」
薄暗い部屋の中
その顔がぼんやりとしか見えなくても良く分かる
はっきりと鼓膜に響くこの声…
心底ホッとした………
「……ミケ…レ……さ……」
〜ミケーレside〜
―――美羽!美羽っ!!
開けるのももどかしく、美羽がいるであろう部屋の扉を、力任せに押し破った
次の瞬間───
僕の目に飛び込んできたその光景に愕然とした――――――…
それは、薄暗い部屋の中でもすぐに捉えることが出来た
青白く浮かび上がる美羽の体
手首は頭上で縛られていて、裸にされた体に男が馬乗りになり
美羽の顔は、見るのも痛々しい程、泣き崩れていた
この衝撃を
この感情を
どんな言葉で例えればいいのだろう―――――………
それこそ、全身の血液が一気に沸騰して、出口のない体の中を駆け巡るような…
この様を前に冷静でいられるはずもなく
理性など一瞬にして吹き飛んだ僕は、男に掴みかかっていた
「なっ、何だ、お前!―――――っ!!」
───グイッ…
───ダァァァンッ!!
男の胸ぐらを掴み、美羽から引き離すと思い切り床に叩きつけた
「いっ…つぅー……」
後頭部から落ちた為か、踞り頭を抱え込み呻く男
この男が美羽を…
震え上がる怒りは際限なく増殖し、下手をしたら殴り殺してしまいそうだ
「……ミケ…レさ…」
今にも消えて無くなってしまいそうなそのか細い声にハッと我に返った
僕は、視線を男から美羽へ向ける
「……ミ……ケ……うっ…ひぃ…ック、ズズッ…」
大きな瞳からは、ポロポロと涙の粒が溢れていく
「美羽…」
震える小さな美羽の身体には、残酷なまでに美しくはっきりと鮮やかに咲く無数の紅い印
それが、ここで何があったのかをありありと語っていた
あぁ…何てことだ……
急いで縛られていたネクタイをほどき、着ていたコックコートを脱ぐと
それで彼女の身体覆い、ギュウッ…と抱き締めた
神は残酷だ
どうして、美羽にこんな運命を?
君が抱えるその悲しみが全部、この腕から僕に移ってしまえばいいのに……
「美羽、怖い思いをさせてしまってすまなかったね…」
抱き締めた腕に一層力を込めた
〜美羽side〜
───もう、大丈夫だよ…
まるで、そう言ってるようにミケーレさんの大きな身体が、私を包んで安心させてくれる
痛いくらいに強く…
私、助かったんだ―――――――………
解放された絶望感が涙に姿を変え、また零れ出す
「……もう大丈夫。大丈夫だから…」
まるで泣きじゃくる子供を安心させるように、何度も何度もミケーレさんは呟いた
「うぅ…このや…ろ…」
その時…微かに奈生さんの声が聞こえた
──ビクッ…
身体が硬く強張る
その様子に気付いたのかミケーレさんは
「美羽、何も心配する事はないよ。悪いがここで少し待っていてくれるかい?すぐに終わるから…」
そう言って、溢れる私の涙を指先で拭い取り、優しい目で笑うとスッと立ち上がった
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