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*捏造設定
寂しい。
あなたに傍にいて欲しかったこと。
ごめん。
あなたに謝りたかったこと。
行かないで。
あなたと離れたくなかったこと。
ありがとう。
あなたにお礼を言いたかったこと。
好き。
あなたが好きだということ。
君に言えなかったことがある
「ねーねー、啓一朗はこれとこれどっちがいいと思う?」
「…俺に聞くな」
「えー、だってこういうのって、貰う側の喜ぶ物がいいじゃない」
「何も招待客は俺だけじゃないだろう」
「それはそうだけどさー、参考によ、参考に」
(結婚式に出席したことのない奴の意見なんか参考にするなよ)
内心毒づきながら、引き出物のカタログをペラペラとめくる美羽さんに、俺は曖昧な笑みを浮かべる。
「それはともかく、いいのか?」
「んー?何が?」
「その…貴重な休みの日に、俺のとこなんかにいたりして…」
彼女には婚約者がいて、この秋、結婚することになっていた。
「いいの、いいの。今日、彼は仕事だし」
「それに…いくら家が隣同士とはいえ、男の部屋に上がり込んでたら、相手はいい気しないんじゃないか?」
「もー、啓一朗ったら心配しすぎ!大丈夫だって。第一、そんな心の狭い人だったら、私、お嫁になんていかないよ」
そう言いながら、カラカラと笑う美羽さんを見遣り、それもそうかと思い直す。
俺たちは所謂“お隣さん”というやつで、幼馴染みと呼ぶには分不相応な程、歳も離れている。無害だと判別されても何ら可笑しくなかった。むしろ、そこにまで干渉していたら、酷く醜い男に成り下がるだろう。
「啓一朗はさ、私にとって家族同然なんだから、どーんと構えてていいの」
「はは。家族、か…」
何より、美羽さんにとっての俺の立ち位置は何年経っても揺らぐことがない。
一番近くて、一番遠い。
「でも本当、こうして啓一朗がこっちに戻って来てくれて良かった」
「それは…」
「突然、神蘭の寮に入っちゃってさ…、もう卒業してもこのまま戻って来ないんじゃないかと思ってたよ」
「……大学通うにはここからの方が近いからな。それに、長期の休みには帰省してただろ」
「それはそうなんだけど…やっぱり、何となく寂しいもんだよ。どっか体の一部が足りないようなさ…」
「……」
あの頃の俺は、自分のことで精一杯だった。
“家族”“弟”
残酷な固有名詞を受け入れるには幼すぎて、俺は彼女のいない世界を求めた。
そして、あの寮で暮らし、そんな世界どこにも存在しないと痛切した。
けれど、あそこでの三年の歳月は、確実に変化をもたらしてくれたように思う。
それはやはり、梅さんの存在が大きかった。
恋愛に限らず、あそこまで無償の愛を全力で捧げられる人は珍しい。
そんな梅さんを見ながら、俺の気持ちも次第に穏やかなものへと変わっていったのだった。
「……俺が実家に戻ったのには、もう1つ理由があるんだ」
「え…、何?」
「美羽さんを…ここから送り出したい、と思った」
「ええっ!?」
卒業間近に聞いた美羽さんの結婚話。
自分でも驚くくらい、冷静に受け止められた。
「啓一朗…それって……」
「それ以上、言うな。分かってる」
「ぷっ。くっくっくっくっ、あははは…」
「……笑いすぎだろ」
「だって〜、それってまるで父親じゃん。ふふふっ」
「いいんだよ!だって…家族、だろ?」
気持ちは昔からずっと変わらない。けれど、胸の痛みは治まった。
「何かあったら、すぐ帰って来いよ」
「ちょっと、縁起でもないこと言わないでよ!」
「…悪い」
「啓一朗のバカ!んもぉ、涙出てきちゃったじゃない…」
美羽さんは泣きながら笑って、俺の肩を痛いくらいに叩いた。
全く、忙しい人だ。
君に言えなかったことが沢山ある。
今更、告げるつもりなどないけれど、後悔だってしていない。
代わりに、美羽さんが嫁ぐ日には、溢れる想いを込めてこう言おう。
“幸せになれよ”
title:確かに恋だった
20110929
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