光子郎とタケルとデジタルワールドでのおやつ

 デジタルワールドのあるエリアに、突如エリアの特徴と異なる特徴を持つ場所が発生した。そう、荒野のど真ん中に緑豊かな森が現れたのだ。
 光子郎、タケル、テントモン、パタモンは出現した森について手分けして調査をしていた。

「ボクが見てきた場所は全然デジモンがいなかったよ!」
「わてのところもですわ。上から見ても全然おらへん。池がありましたけど、デジモンはおらへん。魚だけですわ」
「僕の見てきたところは森の縁みたいで、何もなかったよ。荒野側の遠くにデジモンは見えたけど、こっちに向かってくる気はなさそうだった」
「僕の見てきた左手の森もそうです。ここに住むデジモンは少ないのか。発生したばかりで、まだデジモンもこの場所のことを知らないのかな。荒野に住むデジモンは荒野に適した体だろうから、わざわざ森に入っても過ごしにくいだろうし……」
「その割には果物とか、木の実とか成ってたよね」
「ええ、ずっと昔からある森みたいにぎょうさんありましたわ」
「こういうとこ、小さいデジモンがいっぱいいるんだよ。ボクがタケルに会った森みたいに、過ごしやすいところだから」
「はじまりの街じゃなくって?」
「あそこはデジタマから生まれる場所だよ。小さくてもある程度生きる方法を覚えたらあそこから独り立ちするってエレキモンが言ってた」

 森の中の空き地に座りこみ、光子郎、テントモン、タケル、パタモンはそれぞれが見てきた付近の様子について説明する。
 ひとしきり調査結果の説明が終わり、パタモンとタケルの話が脱線しているうちに、光子郎は持ち歩いているノートパソコンにその内容をまとめていた。
 そのまま手持無沙汰におしゃべりをしていた、テントモンとパタモンとタケルだが、ぐう、とタケルの腹が鳴ったことで会話が途切れた。

「タケル、お腹空いたの?」
「うん、さっきお昼を食べたのにね」
「まあ、そうでっしゃろ。光子郎はんもよくお腹を鳴らしてます」
「聞こえてるよ、テントモン。しょうがないだろ。成長期なんだから」

 聞いていたのか、パソコンの画面から目を離さずに光子郎が言う。パタモンはタケルの膝の上で首をかしげた。
「光子郎も進化したの?」
「いえ、デジモンの進化と段階とは違ってですね……。人間は徐々に大きくなるんです。その一時期を成長期というのですが、大きくなるために栄養を使うのでお腹が空くんですよ」
「パタモン、兄さんの背が急に伸びた時期があったでしょ? あれのことだよ」
「ああ〜、あったね」
「光子郎はんも、もうすこし成長期やなぁ」
「うん、まだ背は伸びるよ。きっと」
 心なしか語気強く光子郎が主張した。タケルは大人しく口を噤む。ここ二年ほど光子郎の身長に大きな変化は見られないからだ。
 光子郎は書き上げた調査結果を見直し、満足したのかパソコンを閉じる。
「では、食料調達といきましょうか。僕もお腹が空きました」
「森やさかい、食べ物も多いと思いまっせ」
「どうせなら、コンビニの新商品のシュークリームが食べたい!」
「パタモン、帰ってからね。ここからゲートの開いているテレビは遠いから、戻ってたら日が暮れちゃうよ」
「やったぁ!」

 今のところデジモンがいない森であるため、果物や木の実を空中で探すパタモン、テントモンと、魚を狙う光子郎、タケルの二組に分かれて移動することに決まった。
 光子郎とタケルは池に向かう道すがら、薪や火付きがいい枯草などを集める。
 池につくと、光子郎は一度集めた枝葉を置いて、ノートパソコンをしまっている鞄を下ろし、中から長い糸を取り出した。
「長いね、タコ糸?」
「ええ、あると便利ですよ」
「さすが、光子郎さんも用意周到だね。……もしかしてよくやってる?」
「まあ、運動したらお腹が空きますし、お小遣いにも限りがありますから」
「確かに。僕もそうしよっと」

 光子郎はタコ糸を伸ばし、程よい長さで2つほど切ると、一方をタケルに渡す。

「釣り竿を作りましょう。作り方は覚えてますか?」
「……忘れちゃった」
 食糧の調達方法をタケルは半分くらい忘れていた。魚釣りをした記憶は残っているが、釣り竿の作り方に、竿を壊さない釣りの仕方、餌の選び方などは欠片も覚えていない。
 タケルが苦笑すると、光子郎は、「久しぶりですから、おさらいしましょう」と自らの選んだ枝に糸を結びつけた。

 知識の紋章を持つ泉光子郎はデジタルワールドの謎を解き明かすべく、そこそこの頻度で現地調査を行っている。
 光子郎が得意とするのはデジタル面からの調査だが、デジタルワールドという異世界に対しては、それだけのアプローチでは弱い。
 元々あの夏の冒険でデジタルワールドに慣れていることもあり、日帰りできる程度なら実地調査を行うことは全く苦ではなかった。やはりいつでも帰れるという安心感と、自分のペースで行えるということは大きいのである。
 フィールドワークによって、運動部から離れて六年以上過ぎても、光子郎の体力は維持されていた。

 活動内容がおおよそ個人の作業となるパソコン部の時も機会をうかがってデジタルワールドの調査に赴いていたが、高校生となり部活動に入らなかったことで光子郎の自由にできる時間は増えた。
 己の好奇心と知識欲のまま、より深いデジタルワールドの調査ができるようになったのだ。ゲートが開いていればの話だが。

 従って光子郎はデジタルワールドの調査に協力者を募る。
 ゲートが開けば十分。人手あれば広い場所の調査ができ、なおさらいい。
 しかし、大抵のメンバーに用事がある。太一はサッカー部、ヤマトはバンド活動、空はテニス部と稽古で丈は大学の勉強、ミミに至ってはアメリカで時差がある。
 本命のゲートが開ける後輩たちも部活が忙しい。ただ一人、タケルを除いては。
 タケルは部活を早めに引退したらしい。やりたいことがあると聞いた。
 1999年の夏、デジタルワールドでのことを手記にしているようで、光子郎もたびたびあの頃のことを聞かれる。

 光子郎にとってもあの夏は少し記憶が遠くなっていて、忘れたことも、覚えていることも、少しだけ間違って覚えていることもある。
 己の中にしか置き所のなかった大切な記憶が、タケルを通して記録に残されていくことが興味深くて、光子郎はタケルの活動を応援している。いつか、完成した時に読ませてもらいたい。
 選ばれし子供たちの中で特に皆に忘れられがちなのは、大勢で歩いていた何事もない風景だったり、通りすがりの敵対的ではないデジモンだったりするらしい。
 後者に再び会うことは難しいが、前者の旅した風景を再訪することはできる。
 タケルが仲間に取材したところ、最も得られなかった情報である、あのころ旅した道程を光子郎とタケルはときおり調査に赴いているのだ。
 

 池に釣り糸を垂れた光子郎は、二匹目の魚を釣り上げる。釣った魚は笹のような植物に差しておくことで、手を開けているのだ。
 小さいけど、一人につき一匹でいいか、と考えたところで池の縁、浅瀬に目を光らせるタケルの様子をうかがう。
 光子郎のレクチャーで作ったタケルの竿は、選んだ枝とかかった獲物が悪く一匹目に破壊された。
 もう一度釣り竿を作り直そうと光子郎は言ったのだが、タケルは首を振り、拾っていた長めの枝の一つを折り、石で先端を削って、銛を作り出して魚を狙っていたのだった。
 タケルの方も無事取れたようで、笹に一匹、そして今まさにタケルの手が振り抜かれ、先端が尖っているだけの何の変哲のない枝に魚が仕留められた。
 反射神経の良さに光子郎がひっそりと感嘆していると、光子郎に気が付いたタケルが笹を手折り、魚を持ってやってくる。

「これくらいで十分だよね」
「ええ、おやつですから。食べ過ぎないようにしましょう」
「光子郎さん、伊織くんみたいなこと言うね」
「光栄ですね」
 光子郎は微笑んだ。彼の紋章を継ぐ性根のいい後輩に似ていることは少し誇らしい。


 魚も集まり、果実を手に入れたテントモンとパタモンも戻ってきたことで光子郎とテントモンは火起こしに入る。
 枯草と乾いた枝で焚火の形を作り、彼らはそこから距離を取った。
「テントモン、お願いします」
「よっしゃ、”プチサンダー”」

 雷による発火が起きるまで繰り返し、数回目で火が付いたところで、魚を保存していた笹のような植物から、串の代わりになる長めの枝へと差し替えていたタケルが魚を抱えてやってきた。

「これ、確か斜めに差して焼いてたっけ」
「確か、遠火で焼くんでしたね」

 四匹の魚を火の回りに設置したところで、テントモン、パタモンが取ってきた果実を口にする。緑色の皮に紫の縦線が入った大きめの果実で、半分に割ってパートナーと半分こにする。弾力のある皮の中には、柔らかく甘酸っぱい果肉が詰まっている。

「美味しい!」
「懐かしいような、気がしますね。テントモンは覚えている?」
「ええーっと。確かファイル島にありましたなぁ。光子郎はんもお好きです?」
「うん。甘くておいしいし、水分があってありがたい……みたいな気分だ。すぐ横に池があるのにね」
「水源が見つからないときに食べたのかな。パタモンは覚えてる?」
「うーん? タケルと会った後すぐのころにピヨモンが取ろうとしてたけど、取れなかった気がする」
「じゃあ別の時かな。後でメモしておこう」
「写真も撮っておきましょう。ファイル島にあって大陸のここにもあるのなら、生態が似通っている可能性もあります」
「カメラ持ってるの? 写真が撮れるなら、後で僕にもわけて欲しいな」
「パソコンについてます。メールで送っておきますね」
「ありがとう、光子郎さん!」

 果汁が滴りべたつく手を池で洗って、魚の串を回し反対側を火にかける。おおよそ火が通ってきたようで、これからは魚から目が離せなくなる。

「タケルくん、魚を見ててもらっていいですか。僕はこの後調べるエリアを確認したくて」
「はーい」
「うん、僕も見てるよ!」

 タケルとパタモンが元気よく返事をしたことに安心し、光子郎はノートパソコンを取り出し、全体の地図を呼び出した。テントモンが光子郎の後ろから画面をのぞき込む。
 ぱちぱちと火がはじける音がする。空腹を誘う匂いを感じながら、光子郎はエリアの地図の詳細を確認するのであった。
 


 

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