月すら消えた闇の中、一匹の仔犬と目が合った。
仔犬は何度か吠えようとした。が、声が出ず、ただの口パクになっていた。
その日暮らしの俺には有り難い食料だ。服の下に大量に隠してある中から取り出した銃を構え……。いや、やめておこう。下手に殺して腐っても仕方が無い。
怯え切った仔犬を乱暴に拾い上げ、空を仰いだ。もうすぐ日が明ける。人に出くわすとまずいと思い、足早に住んでいる路地へと向かった。
寂れた路地を見回し、落ちていた鎖を巻き付けて仔犬を繋ぐ。コロコロと太った体は鎖を巻くには少し難儀だったが、非常食としては優秀だ。
これで逃げ出すことも無いだろう。街が起き出す気配を横目に、俺は眠りについた。

夜、目覚めと共に今日の予定を反芻する。
今日は……、科学者の暗殺が1件と一般人からの殺人依頼が3件、か。手っ取り早く片付けるとしよう。
ふと視線を感じて振り返る。仕事柄冴えている勘が、憂いを帯びた気配を感じた。が、そこに居たのは俺を覗くつぶらな瞳だけだった。
……つぶらな瞳、か。柄でもない表現をした。
さあ、犬の為に時間を潰す訳にもいかない。心を殺し、何時もの様に夜の闇へと溶けていった。

「300万、確かに。」
特に問題もなく本日最後の仕事を終え、報酬を受け取った。まぁ、その報酬は殆どが証拠隠滅と後片付けを頼んだ組織の懐へと一瞬で消えた訳だが。
寂しくなった財布を大切に仕舞い込み、虚勢を張りつつ帰路についた。万が一にも尾行されないように道無き道を駆け抜けていく。

真っ直ぐ帰れば20分程度で着く距離を複雑に回り込んで数時間走り続け、ようやく見知った路地が見えてきた。ずっと辺りを警戒して張り詰めていた神経が疲労と共に解けかけたその時、住処へ続く曲がり角から覗く血痕を見つけた。
何だこの血は。まだ新しい。鉄の臭いもする。
慌てて路地を覗くと、そこには何かを貪るあの仔犬が一匹。その口元には、肉塊へと姿を変えた犬がひとつ、倒れていた。
「―――っ!?」
言葉を失った。これは現実か?仔犬が食べているものは何だ?これをやったのは本当にあいつか?
「おい、やめ……っ!」
……やめろ、なんて言う権利は俺には無い。これは、今目の前に広がっている光景は、俺が毎日している事と同じじゃないか。
自分が生きる為に他人を殺す。
あいつは、俺だ。
俺は、あいつだ。
「……ごめんな。」
この瞬間、俺の非常食はなくなった。

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