世界を創った魔王の記録。 | ナノ
 ■ 無章 1



 どうにも神は無情だと、アルナは思わずにはいられなかった。
 数千年の時を生き、ある者たちからは神にも近しいと呼ばれた男でさえ、本物の神には届かない。もし本当にアルナが神であったのならばこんな状況になんて最初から陥っていなかっただろう。それはそうだ、アルナは神にはなれはしないのだから。
 自らの両手から零れ落ちた同胞の命の数をひとつ、ふたつ、と数えて止める。その聡い頭は命の数はおろか名前や顔、性格至るまで事細かに覚えてはいるが、わざわざそれらを蒸し返す必要は今はない。なくなった同胞を弔うにはこのくだらない戦争を引き起こした原因を討ち取ることが先決であり、王であるアルナがすることは決して自らを嘆くことではないと嫌と言うほど理解しているからだ。
 玉座に座りながらちらり、と同胞を殺された怒りで気を荒立てる部下たちを見る。その誰もが顔を悲痛そうに歪め、それでも身から溢れ出す憎悪の感情を隠そうともしない様子にアルナは気づかれぬように小さくため息を吐いた。

「魔王様。魔王様はこの裏切りをどうするおつもりでございますか」

 あまりに行動を起こそうとしないアルナに業を煮やしたのだろう部下の一人が果敢にもアルナに問いかけてきた。同胞を、部下を殺されたのに対して落ち着き払っているアルナに不信感を滲ませている。だがしかし、こればかりはどうしようもなかった。
 アルナとて怒りを感じていないわけではない。煮えたぎるような憎悪は胸の内に秘めているし、哀しみや不甲斐なさ、身を焦がすほどの怒りだって余りあるくらい感じている。
 だが感情論ばかりを悠長に言っていられないのが現状だ。敵方の情勢が分からない今、無闇矢鱈に動くのは得策ではない。この戦争による犠牲は少なくないのだ。それをおかしいのだと、異質なのだと気づく者はアルナただ一人しかいなかった。

「私たちの意志に関わらずおのずと機は巡ってくるだろう。今は待て」

 それが幸か不幸かは分からないがな。
 その言葉はぐっと飲み込んで、アルナはいつもと何一つ変わらない不敵な笑みを浮かべ、未だ不服そうな部下に向けて言葉を放った。

「心配するな。始末は私がつける」

 例え、この命に代えてでも。
 まさか神にも近しいと呼ばれた男、最強災厄と名高い“魔王”アルナ・レゲンディーニが密かにそう覚悟していたことなんて、この場にいる誰もが知る由もないことだろう。
 もしもこのときアルナの決意を誰かが知っていたのなら、この結末は何か変わっていたのだろうか。いや、きっと何も変わらなかっただろう。
 アルナは神ではないのだ、運命など変えられるはずもない。神とは救いも滅びも気まぐれに決める自分勝手な存在で、そんな存在にアルナは絶対になれはしない。なろうとも思わない。


「だから、お前たちは逃げなさい」

 傲慢な神には似ても似つかないほど、アルナは悲しいほどに気高く優しい“王様”だったのだから。



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