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目が覚めると、まず視界に入り込んできたのは緑だった。
葉の緑が青空を適度に覆い隠し、涼しげな雰囲気を作っている。木々の間を通り抜けるのは、爽やかで涼しげな風。
――私は一体、何をしてるんだろう?
僅かに痛む身体の上体だけを起こし、周りの様子を伺ってみる。森、のようだけれど…私は森にいたんだっけ。
違う。私は駅のホームにいた。そして…電車の警笛が…
「…私、どうしちゃったの?」
自分でもわかるくらい頭の中が混乱していて、記憶が曖昧になりつつあった。先程まで何をしていたのか、今はいつなのか、…自分は、何者なのか。
「私…私は、友梨亜。歳は15、ただの…学生。友達の、名前は…」
………思い出せない。友達の名前が、思い出せない。ついでに、自分の苗字も……
その他、自分がどこに住んでいたのか、家族の名前、自分が何故ここにいるのか…いろんなことが思い出せなかった。
「あっつ……」
太陽が照っていて暑いのに、何故自分がコートを着込みマフラーを巻いているのか理解できなかった。コートとマフラーを取り、制服のブレザーを脱いでYシャツとノースリーブのセーターになってみる。これでいくらか涼しくなったはずだ。
「とにかく、誰かに聞いてみよう…」
脱いだものを抱え込んで立ち上がると、宛もなくフラフラと歩き始める。

と、程なく人影が見えた。実にラッキーだと思いながらその人影に近付いてみる。
近付いてみると、水色の頭をした少年。木の幹に向かって何やら真剣な表情を浮かべている。しかしそんなことはお構いなしに私はどんどんと少年との距離を縮めていった。
「あのー…」
トントン、と後ろから肩を叩いてみると、少年はビクリと肩を震わせてこちらを振り返った。
「…なに?」
「いや、大したことじゃないんだけどさ…ここってどこ?」
おとぼけな感じの眼だが、右目は青で左目は赤。オッドアイ…というやつだろうか。少年は「んー」とこれまたおとぼけな感じの声を発しながら何か考え、
「森」
そう、一言返してくれた。
「あ、あのね、そうじゃなくって…えーっと……」
どう尋ねたらいいのかわからず、私も「んー」と唸ると少年が何か閃いたような顔をして、
「プリンプ」
また、一言返してくれた。
「…プリンプ?」
「うん」
コクリと少年が頷く。それと同時に、背後の木に止まっていたセミがどこかへ飛んでいってしまった。
「あ……」
少年はそのセミを視線で追う。悪いことをしてしまっただろうか。
しかしそのセミを追いかけることはせずに、私の方を今度は身体ごと振り返って向き合ってくれた。
「迷子?」
「う、うん。多分そう」
この歳にもなって少年に迷子かと聞かれることになろうとは、我ながら情けなく思うと同時に悔しさが込み上げてきた。少年の方はと言うと、勝手にコクコク頷いてわかった風にしている。
「出口に案内してあげる」
「本当に!?」
「よく来るから」
まるでこの森に関してはベテランだとでも言わんばかりに、後ろ側についてるアホ毛をピコピコ動かしながら「こっち」と真っ赤に染まった左手で進む方向を指差しながら先行していった。
その真っ赤な左腕が異様に気になるのだけど、触れないでおいた方が無難なこともあるだろうと思って聞かなかった。後で聞いておけば良かったと思うかもしれないけど、なんとなく長くなりそうな予感がしたから聞かなかった。聞いたとしても、今の私の頭で理解できるかどうかとても怪しいものだったけど……


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