――― その夜は、城の一室でユリアとりんごとサタンでお茶会が行われた。 紅茶にケーキにスコーンに…何故か少しだけ気合いが入ってた。 「そうか、それでりんごが来ていたのか」 「はあ。っていうか、本当に覚えてないんですか?」 りんごが紅茶を一口飲むと、疑いの眼差しをサタンに向ける。 彼女が何を疑っているのかと言うと、エコロのことである。なんと、サタンはエコロのことを覚えていなかったのだ。彼が『フィアンセ』と言い張っているアルルの身体を乗っ取って好き勝手やろうとしていた張本人なのに、寧ろ覚えていない方がおかしい。 「聞き覚えがないな。しかし…その、エコロと言ったか」 彼も紅茶を一口飲む。 「よくここまで送ってくれたものだな。話を聞く限りでは、いい奴だとは思えんが」 その点はりんごも思っていたことだった。あの黒い影が自分にここまでしてくれる理由がわからなかった。やはり何か企んでいるとしか思えない。だが、ここにりんごを送り届けることでエコロに何か利益があるのだろうか?考えれば考える程に不可解な行動だ。 「うーん…」 ケーキをもそもそと頬張りながら、ユリアが唸る。 「この前見たかも……」 ぽそりと呟いたはずなのだが、二人の耳は聞き逃さなかった。一斉にバッとユリアの方を振り向く。 「なっ、何ぃ!?」 「この前!?」 「っう、うん……」 二人の迫力に驚いたユリアは、思わず肩を震わせ頷く。それもケーキを喉に詰まらせながら。 「…っ。ちょっと前だったかな。寝る前、何かに見られてたような気がして…でも、窓の外を見た時に何もなくてさ。もしかしたら、そのエコロとかいう奴かも」 ユリアはケーキを飲み込んだ後(背中はりんごがさすってくれた)、ついこの前の夜のことを話した。あの時は鳥か何かがいたのかもと思ってしまったが、あれは鳥の視線ではなかったような気がしたのだ。 「何故私に知らせなかった!?」 「だ、だって、思い違いかもしれないし…」 その翌朝にサタンに知らせようかとも思ったのだが、ただの思い違いで彼に迷惑を掛けるわけにはいかなかった。 「不審者だったらどうする!」 「不審者はアンタで充分だよサタン『さま』」 ハァ、と溜息をつくユリアと『ぐぬぬ』と唸るサタン。何故この人はいつも残念なんだろう。 そのやり取りを見たりんごは思わずフッと吹き出してしまった。 「ど、どうしたの?」 いきなり笑い始めたりんごを見て、ユリアが首を傾げる。 「いやぁ、なんだか仲が良くて…ちょっと羨ましいなって思ってしまいました」 ユリアは自分のことを忘れてて、本当ならその視線の先には自分やまぐろくんがいるはずなのに。不思議な気持ちだった。目の前にいるのに、そこには壁のような隔たりがある。私ははっきりと覚えているのに、彼女はまったく覚えてない。 楽しそうに会話を展開するユリア。でもその視線の先にはサタン。…なんだろう、これが所謂『嫉妬』? 「友達を盗られて寂しいか、りんご」 その心境を見透かしたサタンがニヤリと意地悪く笑う。 「だったら全力で取り戻しに来い。早くしないと私が取って喰らってしまうぞ」 いかにも彼らしいセリフが出てきた。取って喰らうというのは言い過ぎではあるが。 その後にコツリとユリアの額を軽く小突く。 「お前も早く思い出してやれ。お前のことを想う者がちゃんといるではないか。悲しい思いをさせてやるな」 彼は足を組み直し再び紅茶を飲む。その言葉に、ユリアもりんごも力強く頷いたのだった。 「良かったね、りんごちゃん。彼女にまた会えて」 黒い影は一言呟くと、虚空へと消えていった。 第四話『アイタイのキモチ』 終 戻る ← → |