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「まだ私に傷ひとつつけていないじゃない。それじゃあサタンさまの隣は務まらないわよ?」
「やってくれたわね…今度はそうはいかないんだから!!」
ラフィーナは体勢を整えると高く跳躍した。それを見たシグが身構える。
「よそ見していていいのかしら?」
その様子を伺っていたが、いつのまにか間合いを詰めていたルルーに腕をがっしりと掴まれた。しまった、よそ見なんてしてる場合じゃなかったのに…!!一瞬の隙が命取りになる。それを今まさに痛感していた。
サッとルルーの元へ引き寄せられ、襟を掴まれる。これって……
「背負い投げ!!」
「あがッ!…ッごほっごほっ!」
認識するよりも前に地面に叩きつけられる。背中から着地した私は咳き込みながらフラフラと立ち上がった。自分でもまだ立てることに驚く。
多分というか、絶対体術では彼女には敵わないだろう。だが、それよりも気になったのが、彼女が先程からまったく魔導を使わないことだった。先程までは所謂『魔導を使わなくても勝てるわよ』という余裕からきているのかと思っていたのだが、ここまできてもまだ使わないのが妙に引っかかった。この世界では魔導を自在に使うのが当たり前ではないのだろうか。それはラフィーナにも言えることだった。彼女もまた、体術メインで戦っているのだ。ルルーとは違い多少の魔導は使えるみたいだが、どれも威力自体はそれほど強くはないように見える。
彼女達って一体…?
いや、それよりも今は目の前の相手を何とかしなければならない。
「まだ立てるのね。意外とタフじゃない」
未だ傷ひとつ負っていない彼女が感心したように言う。先程も思ったが、やはり体術では彼女には敵わない。でも体術って、極めれば極めるほど威力は増すがリーチはどうにもならないはず。だったら、彼女を自分に近付けさせなければ、或いは……
「行くわよ!」
そう思ってる間にも彼女は再び間合いを詰めてくる。とにかく近付けさせちゃダメだ!
―イメージ。―集中。―詠唱。
「フレイム・アロー!!」
両手を前に出して唱えるは、炎の矢。すると、私の周囲から矢の形を模した炎の塊が次々と飛び出してルルーの方へ向かっていく。
しかしルルーはそれに臆することなく私に突っ込んできた。こんな矢くらい簡単に避けられるわ、ってことか。

それなら……
―イメージ。―集中。―詠唱。
「フリーズ!!」
向かってくるルルーの足元目掛けて手を振り下ろす。
「きゃあっ!?」
カキンッ!と音を立てて何かが瞬時に固まった。固まったのは…彼女の足。正確には、彼女の足を氷が固めていた。これでもう彼女は動くことはできない。素足に近い彼女には少しつらいかもしれない、冷たさ的な意味で。
「やってくれるわね…けど、甘いわよ!」
髪をかき上げる動作のあと、彼女は拳を振り上げる。
「破岩掌!!」
そして自分の足を覆う氷へとその拳をぶつけた。
ピキピキピキッ…パリンッ!
小気味のいい音を立てながら氷は粉々に砕け散る。そりゃそうだ、なんとなくわかってた。彼女の脚力は人二人を軽々と吹き飛ばすものだった。だったら腕力もそれに匹敵するくらい強いと見てもおかしくはなかったはずだ。これで動きを封じられる、と少なからず思っていた私はなんと浅はかであったことだろう。
ルルーから放たれる気力に圧倒された私は思わず後退る。と、背中に何かがぶつかった。
「ユリア」
シグの声。私の背後には同じくラフィーナと向き合いながら後退ってきたらしい彼がいた。
「シグ、どうしよう…」
「………」
背後のシグに問いかけてみるが、反応はなかった。彼も為す術がなくなってしまったのだろうか。
だったら自分で考えるしかない。
だが、私に何ができるのだろう。ルルーの動きを止めるために今日教わった魔導を使ってみたが、結局効果がなかった。
…でも、ここで思考を止めてしまえば即ち、負けを認めたも同然。考えろ、考えるんだ。
「次で決めますわよ」
ラフィーナが宣言する。ルルーも精神を統一するためにフーッと息を吐いた。