レストランのテーブルには、ぽつんとお弁当箱が二つ乗っていた。
周りには私達以外には誰も居らず、厨房にも人はいなかった。
「皆、本当に工作の材料を集めに行ってるんですね…」
「うん。それがボクらに与えられた課題だからね。まぁ、修学旅行というよりは林間学校みたいだけどね」
くすくすと笑いながら、凪斗くんはお弁当箱の乗ったテーブルの椅子を引き、それに座る。私も彼の向かい側に座ると、そのお弁当箱をまじまじと見つめる。
「これは……」
食べても大丈夫なのだろうか。もしかしたら、私のために用意されたものではないかもしれない。
向かい側で早速お弁当箱を開けている凪斗くんに視線を向けると、彼はニコリと笑った。
「ん?大丈夫。花村クンがちゃんと神楽さんのためにって用意してくれたものだからさ」
彼は読心術でも会得しているのだろうか。それとも、私がわかりやすい表情をしているのだろうか。
それはともかく、私はその言葉に安心するとお弁当箱をパカっと開ける。
「わぁ……!」
まるでひとつの芸術作品のような、彩り豊かなお弁当のおかずが、そこにはあった。
きっと私は、プレゼントの箱を開けた子供のような顔をしていることだろう。凪斗くんはクスクスといった楽しそうな笑みを浮かべていた。
「花村クンは『超高校級の料理人(シェフ)』だからね。彩りも勿論良いけど…栄養バランスもしっかり考えて作ってると思うよ」
さすがだよね、と彼は零す。
「さ、食べようか」
「う、うん!」
男子と昼ごはんを共にするなんて、小学校以来だな。なんて、そんなことを考えながら、私達二人は同時に自分の両手を合わせる。
「「いただきます!」」
箸を持って、早速おかずに手をつける。まずは玉子焼きから。
もぐっと一口頬張ってみる。
「……!!?」
その時、私に電流が走ったような衝撃が襲う。本当にそのまま失神してしまいそうな…そんな勢いがこの玉子焼きにはあった。
「…魔力を…感じる…!」
卵の持つ元々の味と程良い甘み、それが絶妙な具合でマッチして口の中に広がっていく…!
こ、これは、…これは、やめられない、止まらない!
「神楽さん?田中クンみたいなことを口走って、どうしたの?」
凪斗くんが心配そうに私を見つめる。
「…凪斗くん。これ、これは…すごく、その、美味しいです!」
私はそう言いながら他のおかずにも手を出していく、それはもうダイエットなんて気にしてられないほどの美味しさなのだ。このために、この食のために生きているのだと、そう思わせるほどの力がこのお弁当にはある!
「…はは、まぁ、仕方ないね。ボクらも最初そうだったしね。でも昨日だって夕飯は花村クンの料理だったんだよ?」
「うん、あの夕飯もとっても美味しかったけど…お弁当までこんなに美味しいとは、正直思わなくて。…すごいなぁ、毎日このごはんが食べられるなんて…」
頬張っていたものを飲み込むと、うっとりと目を細める。今まで冷凍食品のお弁当ばっかりだったし…
『超高校級の料理人』、花村輝々くん。
彼が修行していたお店は、どんなお店だったんだろう。きっと、毎日行列ができて、人が絶えなかったんだろうな。
「それに、なんだかどことなく懐かしい味がするような。…そう、おふくろの味ってやつ」
塩むすびを食べながら、ぽつりと呟く。田舎の、故郷のような…あったかくて、いつも笑顔で出迎えてくれる、そんな存在のような心地良い香り。
そう語る私のことを、凪斗くんは優しい眼差しで見つめていた。
「まぁ、何にせよ。美味しいって言葉は是非花村クンに直接伝えてあげて。きっと喜ぶと思うよ」
私はまたおかずを頬張りながら、こくりと頷く。
そうだね、後でちゃんと伝えてみよう。