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病院に入るからと一旦通信を遮断され、室内は途端に静かになった。
ギシッと音を立てて、ノボリが駅員室のパイプ椅子に腰掛ける。お互い、しばらくは無言。ぼくもノボリも、あまりにも突然の出来事に言葉を失っていたのかもしれない。
でも、お兄さんは『ミコトは死んだわけじゃない』って言ってた。その言葉を信じて、少しだけ安心してた。
ふぅ、と溜息をつくと、ライブキャスターの着信音が鳴り響く。きっとミコトからだ。ノボリはさっきぼくから取り上げたライブキャスターを返すと、早く出るように促す。
促されるままに、ぼくはその着信に応えた。
「…!」
その画面に映ってたのは、紛れも無くミコト。入院着で、多分車椅子に乗ってる。
「ミコト!」
その姿を確認して、ぼくの目から再び涙が溢れては流れ落ちた。でもこれは、本当に安心したからこそ溢れ出した涙だ。
生きててよかった。きみがいなくなってしまったら、ぼくは壊れていたかもしれない。それほどまでに、きみという存在はぼくの中で大きくなりつつあった。
『……』
ミコトは首を傾げて、ぼくを見る。
そして、ぼくをしっかり見て、こう言った。
『…誰?』
その一言に、今まで止めどなく溢れようとしていた涙が引っ込んだ。みるみるうちに頭の中が真っ白になっていく。
「え…?」
『お兄さん…知り合い?』
…冗談、だよね?
冗談…だ、って、言って?
「ミコト…ぼくだよ、クダリだよ。サブウェイマスターの…クダリだよ!」
名前を言っても、ミコトは画面の向こうで首を傾げていた。
「ノ、ノボリ…」
ぼくは隣にいるノボリに助けを求めようと視線を向ける。ノボリは椅子を近づけてぼくのすぐ隣まで来ると、ライブキャスターを覗き込んだ。
「あの…ミコトさま。わたくしでございます。ノボリでございます」
ミコトはノボリが画面に登場すると、初めて会った時みたいに目を見開いて驚いていた。それを気に留める素振りを見せずに、ノボリは言葉を紡ぐ。
「悪い冗談はおやめくださいまし。クダリが本気で捉えてしまって対応に困りますから」
ちょっとだけその言い回しにムカッとしたけど、今はその通りだと思う。いくらミコトだからって、それ以上はダメ。ぼく許さないし、嫌いになっちゃう。…さすがに嫌いになっちゃう、は言い過ぎかな。
けど、ミコトは尚も首を傾げたまま。表情も困ってるみたいに眉を潜めていた。
『…あの。本当にわからないんだけど。クダリ、さん?と、ノボリさん…?だったっけ?…間違いじゃないですか?』
嘘だよね。嘘、だよね。
うそなんだよね。うそ…?
「嘘って言ってよ。ぼく怒るよ?」
『嘘も何も…お兄さん、この人たち何?知り合い?』
『あー…えっと』
嘘だよね。嘘だよね。
嘘。
うそ。
ウソ。
うそ。
嘘。
嘘。


嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘
『あー…あのな、クダリ。その、もしかしたらミコトもお前らのことは覚えてるかもしれないって思ってたんだが…やっぱ、ダメみたいだ』
ライブキャスターの画面にお兄さんが現れて、ぼくに話しかける。少し歯切れの悪い声は、悪い結果を嫌でも導きだしてくれそうだ。
『…ミコト、何も覚えてないみたいなんだ。俺のことも、ついこないだまで…忘れてて…』


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