―――

何も覚えてない。
衝撃的、を通り越してわけがわからなかった。
急にそんなことを言われても受け入れられなかったし、はいそうですかと受け入れられる人もそうそういないでしょ。
放心状態のぼくに代わって、ノボリがそっとライブキャスターに話しかける。
「…そうでしたか。何も知らずに、申し訳ございません」
『や、いいんだ。…誰だって簡単に受け入れられるモンじゃねぇ。それは俺だってわかってる。でもな?でも…あまりにも親しそうだったから、もしかしたらって思ったんだ』
こっちこそごめんな、お兄さんは謝った。
それから二言三言、ノボリとお兄さんが言葉を交わして通信は終わった。
「………」
「………」
重たい無言が、続くだけ。
信じたくない。あんなの。
ついこないだまで普通に話して、ぼくたち上手くやってきた。ちょっとずつ笑ってくれるようになって、誕生日のお祝いした時に『嬉しい』って言ってくれたのが本当に嬉しくて。
【…誰?】
その言葉で、全部失ってしまったような気がして。
今まで【嬉しい】を届けてくれたその口で、傷付けられた。
「仮眠室…行ってくるね」
長かった沈黙を破りふらふらとした足取りで、ぼくは仮眠室に向かった。

――

わたくしは考えました。
一つはどうやってクダリの気分を紛らわすか。
一つはどうやってミコトさまの記憶を取り戻すか。
きっと、どちらもわたくしだけでは力不足でしょう。なので今いい方法を考えております。
しかし、いくら思考を張り巡らせたところで、何も浮かびません。このような出来事は初めてだったのです。
そう、『このような出来事』は。
わたくしはクダリがどのようにしてミコトさまと接触したのかわかりません。多分本人にもわかっておりません。この箱庭の世界の外の人間と関わること自体、異例のことであることくらい理解しております。
わたくし達は、関わってはいけなかったのです。
確かにわたくし達は生きております。ですが、関わってはいけなかったのです。それくらいクダリにもわかっていたでしょうに。関わるから、こうなる。これは、罰。そうと知っていながら関わった者の、末路。
「…ミコトさま。あなたさまだって理解していなかったわけではないでしょうに」
いけないことをしてしまった時、人間はそのことを口外することはまずありません。ミコトさまだってそうだったのです。親しい隣人にすら何も言わなかった。それが証拠でございます。
なのに、求めた。求め合った。結果、ミコトさまは記憶を失くし、クダリは笑わなくなった。
「…本当に、…バカでございます」
わたくしも含めて。

「クダリ」
仮眠室の扉をノックする。すると、しばらく間を空けた後「…なに?」と掠れた声が中から聞こえました。
わたくしが仮眠室の扉を開けると、薄暗い空間の中にはやはりクダリが居りました。目は真っ赤で腫れています。
「…ノボリ」
歩み寄ってくるわたくしを、縋るような目で見つめるクダリ。
「…ぼく、もうこわくて仕方ない。ミコトがあんな風になっちゃって、ぼくこれからどうしたらいいの?ぼく、もうミコトとお話しない方がいいの?…これは罰なの?」
クダリもわたくしと同じ結論にたどり着いたようでした。そっとクダリを抱き締めてやると、彼はぎゅうっと力いっぱい抱き締め返します。少し痛いですが、我慢しましょう。
「これは罰でございます。ですが、この罰を乗り越えることくらいできるはずです」
これが罰だと言うのなら。
わたくし達はその罰を乗り越えてみせましょう。
「わたくし達はバカですからね」
バカになるくらい、ミコトさまが好きなのですから。


【続】

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