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電源の入る音がして、ぼくはライブキャスターを鳴らす。いつも通りの朝。すぐにミコトが出てくれて、ミコトは朝の支度をしながらぼくと話をしてくれる。この時間がたまらなく好き。ぼくミコトが大好き。だってとっても面白いから。いつもぼくに冷たいけど、本当は優しいの知ってる。
「それでノボリがさ、ぼくのプリン食べちゃったんだよ!」
『ふーん、いい歳してプリン食べられたくらいで怒ってるわけ?』
「プリンはぼくの楽しみの一つなの!」
ぼくやノボリとたくさん話をしているからか、ミコトもぼく達の存在が本物だって気付いてくれてるみたい。それでも、この壁の厚さには敵わないけど。
『アンタとノボリって本当に仲がいいんだね』
「まーね!」
きみとももっと仲良くなりたい。もっとお話したい。もっときみのこと知りたい。きみへの想いは募っていくばかり。
『実際に会って話ができたらいいのに』
ぼくもそう思う。いつもこの画面越しに会話するだけ。触れることもできず、マイク越しの声しか聞けず、画面越しの姿しか見れない。
実際のミコトはどんな感じなんだろう。やっぱり今見てるのと同じなのかな。でもきっと、声ももっと澄んでて、顔ももっと綺麗なんだろうな。触ったら柔らかいのかな、やっぱり。抱き締めたらあったかいのかな。
でもきっと叶わない夢なんだろうな。って。
『朝から泣いてんじゃないわよ。鬱陶しいから早くいつも通り笑いなさい』
そう言われて気付いた。ぼく、泣いてた。頬を触ると、あたたかい涙が指に当たってびっくりした。いくらちょっと悲しいからって、ミコトの前で泣くなんて。
涙をコートの袖でギュッと拭うと、言われた通りにニッコリといつもみたいに笑ってみせる。すると、ミコトもちょっとだけ笑ってくれた。
『じゃ、もう行く時間だから。また夕方くらいにね』

でもその日は違った。
夜になっても電源は入らなかった。

それから一週間経っても、電源が入ることはなかった。
またぼく達のこと、忘れちゃったのかな。いや、きっとそんなことはないはず。だって毎日ぼくと話してたんだ。そんな急に忘れるはずがない。
「ノボリ…もう一週間だよ」
駅員室のホワイトボードの日付を見て溜息をつく。
「はい…何かあったのでしょうか」
ミコトに何かあったなんて考えたくもない。きっと何事もなかったかのように『ここ最近忙しかったから』なんて言い訳してくれるに決まってる。そう決まってる。
でも、そんな思いとは裏腹に、心臓はさっきからバクバクいってる。嫌な予感ほど当たるっていうけど、当たってほしくない。
と、そこまで考えた時、不意に電源の入る音がした。
「クダリ!」
「わ、わかってる!」
ノボリがガタリと椅子から立ち上がってぼくを見る。言われなくたってわかる。ぼくはすぐにミコトのライブキャスターを鳴らした。その着信音は、まるで出ようか出まいか迷ってるかのように鳴り続ける。その間ぼく達は何故か息を潜めて待っていた。
しばらくして、ようやく相手が通信を繋いでくれた。
「ミコト!!」
すぐさま叫ぶ。お願い。いつもの顔で『叫ぶんじゃないわよ』とか言って安心させて。声を聞かせて。姿を見せて。
ああ、でも。神様って本当に意地悪なんだね。
「っ、あ…」
だって、すぐに繋がったモニターには、何故か男の人が映ってた。



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