――― 「わたくしと恋人としてお付き合いしてくださいまし」 ―そう告白されたのは一か月くらい前。 私はサブウェイマスターのノボリさんとお付き合いを始め、同棲もしている。 最初の頃は良かった。…というわけじゃない。 「ブラボー!…ネクタイを…」 「あぁ、はい」 最初からダメだったのだ。 「いい加減ネクタイの結び方くらい覚えてくださいよ」 彼を椅子に座らせてネクタイを結ぶ。ほぼ毎朝のように行なっていることで、最初の頃は呆れていたのだが、今ではすっかり日常と化していた。慣れってこわいね。 「すみません、なかなか覚えられなくて…」 申し訳なさそうに目を伏せる彼。別にそんな顔をさせたくて言ったわけじゃないんだけど。 そう、彼はダメだったのだ。仕事以外はてんでダメだったのだ。 ネクタイの結び方も知らないし、料理だって何一つできない。家事なんてできない。 「今までどうやって生活してきたんですか」 そう前に問いかけたら、 「クダリにやってもらってました」 と至極当たり前のように返ってきた。 「クダリはすごいのですよ。料理も全部美味しいですし、洗濯物はきちんと畳んでありますし、いろんなことができるんです。自慢の弟なんです」 自慢気に話してくれたノボリさんのイキイキとした顔、今でも覚えてる。 「じゃ、仕事行きましょうか」 「はい」 ネクタイを結び終え、支度を済ませた私とノボリさんは各々の職場へと赴いた。 その夜。 ちょっとだけ帰りが遅くなってしまった私はマンションの階段を駆け上がる。エレベーターが点検中で、仕方なく。 もうノボリさんは帰ってきてる時間のはず。早くご飯の準備をしてあげなくちゃ。 「ただいま!」 鍵を開けて扉を開ける。すると― 「あ、おかえりなさいましブラボー!…あぁっ!!」 ひょこ、と彼の顔が見えたと同時にぺしゃっと何かが床に落ちる。 「も、申し訳ございません!!」 床を見てみると、そこには割れた卵が落ちていた(食用)。よく見ると、ノボリさんはエプロンをつけている。 まさかと思い、卵を片付けている彼を無視して台所に入る。 「ぎゃああああ何やってんですかアンタ!!」 コンロに乗っかっているフライパンの上には、真っ黒になった卵焼き。その近くの鍋にはなんか濃そうな味噌汁。炊飯器を開けてみると水がいっぱいに張ってある米。 「あ、あの…」 卵の処理を終えたらしいノボリさんがおずおずと台所に入ってくる。 「わ、わたくし、その、帰りが遅いブラボー!のために…夕食をつくろうと、思いまして。ですが、やはり…ダメだった、みたいですね…」 私の呆然とした姿を見て、彼は乾いた笑いを零した。そのまま崩れるように椅子に座るもんだから、よほど自信があったのだろう。 私が溜息をつくと、彼は柄にも無くビクリと肩を震わせた。 「…気持ちだけで充分ですよ。ありがとう、ノボリさん」 正直彼がこんなことを始めるとは思ってなかった。私のために、夕食をつくろうだなんて。だからそれだけで嬉しかった。 「でも今日の夕飯どうしよう」 「クダリになんとかしてもらえませんかね…」 END. 戻る |