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「BPをくれ!」
「は、はあ…」
目の前にいらっしゃるのは、いつもの挑戦者さまでございます。毎日シングルトレインを勝ち抜きわたくしの前に立つその方は、モンスターボールをしっかりと握りしめやる気満々でございました。
きっと、これまで余裕だったのでしょうね。だって…
「今日も勝つよ!だからBPちょうだい!」
毎日わたくしに勝つのです。そんなあなたさまには是非スーパートレインにご乗車いただきたいのですが、前にお誘いしたら断られたのです。
『私にはまだ早いよ』と。
そんなことを考えている間にも、あの方はポケモンを繰り出しております。やれやれ。

「やっぱり今日も私の勝ち!」
熱いほどに焼かれたギギギアルをボールに戻すと、あの方は『よしっ!』とガッツポーズ。負けるこちらの身にもなっていただきたいですが、彼女も以前はわたくしに連戦負けっぱなし。そのぶんの仕返しのおつもりでしょうか。
やたらと上機嫌で電車の椅子に腰掛ける彼女を見て、溜息をついてしまいました。
「ダブルトレインにはご乗車にならないのですか?」
「え?」
え?ではないでしょう。そこまでバトルするのがお好きなのであれば、是非ダブルトレインにもご乗車になるべきでございます。
それを伝えると、彼女は首を横に振りました。
「だってダブルバトルは苦手だし。それに――」
そこまで言いかけて、何故か口ごもる彼女。わたくしが首を傾げますと、彼女はわたくしから目を逸らす。
「…BP稼げないし」
そうだろうと思いました。彼女の目的は『バトル』と『BP』のお二つ。わたくしなどきっと『BPをくれる人』という印象しかないのでしょう。
それはそれで、寂しいのですが。バトルがお好きで、しかもかわいらしい彼女です。わたくしが惹かれないはずがありませんでした。
ですがわたくしは、彼女の名前も知りません。前々から聞こうと思っていたのですが、どうも気恥ずかしく自分から話しかけることができません。自分で言うのも何ですが、わたくしはなにぶん奥手でございます。クダリのように馴れ馴れしくできません。こうして何回も会っているのに、未だに彼女の隣に座ることもできない男です。
なので、彼女がこうして毎日わたくしとバトルしてくれることが密かに楽しみでした。わたくしと、ですよ。ダブルトレインに乗る気がないようで正直ホッとしております。万が一彼女がクダリを気にかけるようなことがあってはわたくし困ってしまいます。
「あ、ついた。じゃあねノボリ。また明日来る!」
いつのまにか停車駅に到着したようで、扉が開くと同時に彼女は弾かれたように外へ。
「あ、お待ちください!!」
慌てて呼び止めましたが、彼女はすでに階段を駆け上がっておりました。

「…また、お名前を伺えませんでした」
帽子をかぶりなおして、溜息をつく。これで何回目なのでしょう。数えるのは、諦めました。


END.

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