いつか漫画に起こして同人誌にしたい……と思いつつ内容無いし行き詰まって上手く形にならんしでもにゃもにゃしてしまったので一旦書きかけを置いておきます。尻叩きは常時募集……



 厳かな空気も喪服も堅苦しいから嫌いだ。花々に囲まれた遺影のあかも嫌に目に付いて苛々する。あーあ、どうすっかな。
血塗れで、両の手は首を掴み、呆気なく無様に死んでいた男。無表情の黒に囲まれて横たわっている。
身体の熱が冷めていく。虚無ばかりがある。お前に何もかもが奪われたみたいだ。

 さっさと式場を後にしてタバコに火をつけた。吐き出した煙は弱々しく空へ上り、濁った雲と見分けが付かなくなっていく。そっと目を閉じて、奴との日々を思い返した。二人で過ごした時間は決して長くはなかった。命とは儚いもので、庵は勝手に俺の前から姿を消して勝手に死んだ。それで終わりだ。

「馬鹿な奴」

 ……ほんとうにばかだ。

◇◆◇

 “草薙”と“八神”が和解して、それでもずっと変わらないものだと思っていた。それが、庵の瞳はどこか変わった。奴の手は殺そう殺そうと必死に伸ばされるのに、瞳を覗くと別の何かが揺らめいている。初めは俺にも、きっと庵本人にも、その正体が分からなかったのだと思う。一人の人間の身体の中で、いくつもの感情がぐちゃぐちゃに混ざり合っているようだった。

 雨の日。全身余す所無く濡らして立ち尽くす赤毛の男は、夜道の人通りの少なさと相まって異様だった。それでも、困惑の色を乗せた灰青が余りにも力無く見つめてきたものだから、思わず家に上げてしまったのが始まりか。大人しく従う男では無かったはずだ。それが、何も言わずにただ押し込まれた風呂場でシャワーを浴びていた。ずぶ濡れのまま出てきたところを甲斐甲斐しく拭いて乾かしてベッドに寝かせて、何故雨の中突っ立っていたのかも何故大人しく従うのかも、何ひとつ聞かずに目を閉じた。翌朝になれば勝手にいなくなっているものかと思ったが、目が覚めて隣を見ても庵は背中をこちらに向けたまま転がっていた。

 それからは、時折出会っては家に上げる、という奇妙な関係を続けていた。庵が現れるのは決まって雨の日で、毎度毎度ご丁寧に身体をびしょ濡れにしやがるものだから、雨足の強い日は風呂を沸かしてふらりと出かけるようになっていた。そうすればかなりの確率で出会えるのだ。捨て猫のような男に。わざわざ世話を焼く義理も無いというのに、放っておけなかった。

 家に上げた翌朝は起こしてやらないと起きないし、何ならぐずって手こずらされる。同じ机で朝食を食べるし、歯ブラシは一本増やした。何をするでもなく居座るときもあれば、勝手にカレンダーの裏だとかに楽譜を書きやがるときもある。
今思えば、庵は己の感情を上手く理解できずにずっと悩んでいたのかもしれない。途端に草薙京との距離感がバグって、必死に計算し直そうとしていたのだろうか。だから、雨に濡れるのも、戦闘をけしかける以外の俺に近付く口実だった可能性はあった。ぎこちない二人はそれでも、同じ部屋でひとときを過ごす。翌日になっても雨が降り続いていれば「もう一日泊まるか」と問う。答えは庵の気分次第だ。晴れた時には庵が窓の外をじっと見つめていることもある。小さく「虹だ」と呟いて、無邪気な子どものような、それでいて気恥しそうな顔をしてこちらに視線を寄越すから、思春期か、と心の中でツッコミを入れながら「ああ、綺麗だな」と返した。

◇◆◇

 机に乗った焼魚。肉ばかり食べようとするから無理やり焼いて出したが、腑に落ちないような顔ながらも箸を持った。やはりよく躾けられているらしく、皿の上には骨が綺麗に残っていた。

「“いおり”ってさ、」

 いおり、という名前が出た瞬間に、表情こそ変えないものの纏う空気が強張ったのが面白くて思わず吹き出してしまった。じとり、笑われて不満そうな灰青は、仄暗い部屋に同調して重く刺さる。自分の笑い声がこの空気に不釣り合いだった。

「呼んだ訳じゃなくて。綺麗な響きだよなって思っただけ」

「……綺麗、」

「そ」

 瞳は鋭さを隠したが、今度は思案するようにふらりふらりと揺れる。

「言われたことがない」

 庵は数秒かけてまとめた言葉をぽつりと零した。そうかな。結構みんな思うもんだと思った。いや、きっと思うだけで言わないのだろう。こんな人を殺しそうな瞳の男に、「綺麗な名前ですね」なんて話し掛ける物好きはそうそういないはずだ。

「んじゃ俺が物好きってことか……」

 勝手に納得してそう呟くと、庵の「あぁ」というシンプルな肯定が返ってくる。多分、いや絶対にすれ違っている。

「いや、お前の名前が綺麗だってのはみんな思ってると思うぜ。それを面と向かって伝える俺は物好きか、って」

 見つめた先の瞳がまたうろうろと揺れる。あぁ、なんだろう。見ていて飽きない男だと思う。

「そう、か」

「そう」

 己を構成する何か一欠片でも、褒められるのは慣れていないのだろうな、というのは容易く想像がついた。完全に黙ってしまった庵は、再び、しかしぎこちなく、箸を動かし始めた。

「だからさ」

 強張った手に動かされ続ける箸。明らかに集中できていない。このときふと、その緊張した手を“愛しい”と感じてしまった。

「“いおり”って呼んでいい?」

 あ、手が止まった。

◇◆◇

「あれ?」

 気が付いたら庵がいなかった。2日前に、いつものように濡れ鼠を連れて帰って風呂に入れ、押し合ってベッドに潜った。その翌日には「もう月が変わって5日は過ぎているぞ」、とじとりとした目線を寄越しながらカレンダーをちぎったところを見たし、いつものように、その裏にこちらの了承も得ずにペンを走らせていたはず。飯も風呂も済ませ、一度止んだ雨が再び降り出したものだから、また聞いたのだ。「もう一日泊まるか」と。庵は僅かに首を縦に振ったはずだった。そうしてまた、ひとつのベッドにぎゅうぎゅうに詰まったはずだった。

「庵……?」

 返事は無い。分かっていた。気配がどこにも感じられないのだから、もうこの家に庵はいない。ではどこに行ったのか?まるで検討が付かなかった。ベッドから降りて歩き回る。ふと目に付いた机には、昨日庵が何かを書いていた裏返しのカレンダーがあった。

「また楽譜……」

 書きかけで放置された楽譜。いつもならご丁寧に持って帰るそれが置きっぱなしというのは気になった。少々雑だが整った字で書かれたタイトルらしき文字列は英語で、単語は簡単でも繋げるとまるで分からない。よりによって英語かよ、英語読めないんだから何の頼りにもならないだろ。そう言ってやりたかった。言うべき相手はそこにいないというのに。窓の外は未だ雨。雨の中いなくなるなんて、益々怪しかった。

 それから、今までに雨の中で庵と会った場所をふらふらと巡った。と言っても、基本的に俺の家の付近に突っ立っていることが多いから、そう遠出する訳でもなかった。猫がやたらと多い路地裏。夜になるとちょっと暗い公園。昼間は行列ができるカフェの前。そのどこにも庵は見当たらなかった。いないものは仕方無い、と家に帰って一番に、無意識に風呂を沸かしていた。

「……はは」

 いつも面倒だからとシャワーで済ませてしまうのに。誰を温めるでもない湯が、浴槽に溜められていった。

◇◆◇

「なに、京ちゃん。わざわざ呼び出しちゃってさ」

 陽の光に煌めく金髪。様になるな、とぼんやり思った。

「最近庵が来なくなった」

 椅子を引いて座りながらに告げると、金髪の男、紅丸は目を瞬かせた。

「イオリ……って、あの庵?」

「俺が知ってるイオリは一人だけだよ」

「そうだよねぇ……」

 紅丸の視線は揺れていたが、やがてきちんと見つめてくるようになった。

「……何があったかは詮索しないけどさ。いつ頃から来なくなったとか、何かきっかけになりそうな出来事とか、そういうのは?」

 先程の動揺が嘘のように真剣な碧眼が真っ直ぐに刺さるものだから、ぼんやりと「いい友人を持ったな」などと思ってしまう。否、友人というよりもライバルなのだが。彼は今でも、真剣勝負ができる日を待っているのだから。

「来なくなったのはここ1ヶ月ぐらい……理由は考えたって分かんねぇ」

 紅丸は、ふぅんと呟いてからコーヒーを一口啜った。

「それで、これを置きっぱなしにしてったんだよ」

「うん?……へぇ、楽譜か」

 白い指が丁寧に紙切れを受け取ると、その形の良い唇からあのタイトルらしき英語が流れて来る。

「“I was over the moon”……」

 流暢な英語を発していてもその手にあるのはただのカレンダーで、少し間が抜けていた。

「アイは私、ワズは過去のことで、オーバーは越える、ムーンが月だろ?それは俺にだって分かる」

 そう告げてやっても、紅丸が考えるように黙っていたものだから、手持ち無沙汰になってコーヒーに口をつけた。

「これさ、そのまんま読んじゃ駄目だよ」

「……はぁ?」

 漸く口を開けたと思ったら。そのまんま読む以外にどう読めと言うんだか。紅丸の手から戻ってきたカレンダーをもう一度見つめるも、何度見たってそこにある文字はアイ、ワズ、オーバー、ザ、ムーンだった。その下には書きかけの楽譜。何の仕掛けも見当たらない。

「“I'm over the moon”」

 紅丸は、俺じゃなくて手元のカレンダーを見つめてそう呟いた。

「……何だそれ」

「私はとっても幸せです、って意味だよ」

「幸せ、」

「そ」

 あの庵が。でも、ここに書いてある文字は紅丸の口から出たフレーズとは少し違う。

「でもこれ、ワズだぜ」

 カレンダーの文字を指で辿る。確かに“was”と書いてあるのだ。
紅丸は軽く目を伏せた。

「wasが過去のことっていうのはその通り。だから、つまり……」

「幸せでした、ってか?」

 紅丸は薄く笑った。

「そゆこと」

 そうしてコーヒーをもう一口啜る。風が金糸をきらきらと煌めかせて去っていく。

「普通に失恋ソングに見えなくもないけど。いや、でも敢えて失踪と関連付けるなら……」

「……あいつ」

 胸がざわめいた。ここ1ヶ月、いなくなったからと言ってあまり心配しすぎないようにと気を付けてはいたのだ。気まぐれかもしれない、用事が出来たのかもしれない。しかし、たった一言の「私は幸せでした」が胸中をぐるぐると嵐のように渦巻いて消えてくれなかった。

 携帯電話が鳴ったのはその時だった。

 八神庵は死んだ。誰にも看取られずその短い生涯を終えた。綺麗な病室でも、八神家の一室でもなく、何の変哲もないただの路地裏で血溜まりの上に寝そべっていたという。電話の主は庵の妹だった。携帯電話越しの声が淡々とそう告げる。あいつらしいな、というのが第一の感想だった。磨り硝子で隔てたように靄が掛かって上手く飲み込めなかった。それでもやはり、どこかで「やっぱり」と言う自分がいる。

「悪い予感が、当たっちまったな」

 ぽつりと呟いた声に、紅丸が視線を寄越した。

「……どしたの」

「庵、死んでたってよ」

 一瞬目を見開いて、それでも声は上げなかった。

「そっか……」

 彼が短命だということは皆分かっていたのだから、来るべき時が来たのだと飲み込めてしまう。しかし、どこか現実味に欠けた無機質な事実としてしか理解できていなかった。


≪ | ≫

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -