勾玉を失った庵とそのままでもいいのにと思っている京がもにゃもにゃしているおはなし
これはPixivにも載せています






「京…何故居る」
 浴室の扉を開けると、人様のソファを陣取ってだらけている宿敵の姿があった。
「何で鍵掛けてねェんだよ、八神」
 京は庵の問い掛けを右から左へ聞き流し、反対に質問を返した。
 二人はいつしか、死闘を繰り広げた末の収まりきらない熱を身体の交わりによって発散させるようになっていた。しかし、それは拳を、互いの炎を交えた後の話でしかない。戦闘を経ずにいきなり部屋に来られては、庵も対応に困ってしまうというもの。浴室に居る間に京が勝手に上がり込んで来たのは気付いていたが、何が目的なのか、庵にはその意図が掴みかねた。
「何をしに来た」
 眉根を寄せる庵に対し、京は当たり前だろう、と言いたげな顔をする。
「何って。セックス」
 庵は間を置いて「クク…」と笑った。確かに、この二人がこの部屋に居る時なんて、結局はそれ以外に無いのだった。

◇◆◇

 京は、思っていたよりもあっさりと庵が己を受け入れたことに少し拍子抜けしていた。何度か訪れたことのあるベッドルーム。風呂上がりで乾ききっていない髪をそのままに、庵はゆったりとベッドに乗り上げた。
 庵が炎を失ってからは、それまで日常の一コマとなっていた彼との戦闘も鳴りを潜めていた。つまるところ、その分セックスもしなかったというわけだ。正直に言って、因縁だとか命の奪い合いだとか、そんなものはどうでもいいと思っていても、庵との戦いは純粋に楽しんでいた。だからこそ、炎を扱えない彼と互角の戦いができるのか否か、という部分は気になっていた。しかし、あれだけしつこかった庵は、はたと姿を見せなくなってしまったのだった。
 京はあまり庵の失った炎について触れようとは思わなかった。もしも力を奪われたのが自分だとしたら。炎を扱えない草薙京というものは想像することもできない。きっと庵にも、落ち着く時間が必要なのだろうと考えていた。だから、追い出されたらすっぱり諦める気でいたのだ。

 庵に倣ってベッドに乗り上げると、迷うことなくその首に手を伸ばす。別に、京が首を絞める行為に興奮する訳でも、庵が首を締められて感じる訳でもない。絞めるというよりも、添えて、軽く、本当に軽く圧迫するだけのもの。庵は何故だか、こうされると酷く安らいだ表情を見せるのだった。京にとってはその表情は心の陰りを呼ぶものだが、同時に常に何かに縛られているように思える庵の逃げ道を作ってやれているとも感じた。京から見ると、庵は死を救済だと捉えているように見えたからだ。…本人は否定するだろうが。

 首からするりと手を下ろしてゆく。そっと胸に触れれば、庵が息を小さく吐いた。普段身体を重ねるときは、どうも性急になってしまう。だから、せめて今日だけでも優しくするつもりでいたのだ。庵はというと、優しく触れられることに慣れない様子で、「何のつもりだ」だの「早くしろ」だのと急かす。京はくつくつと笑った。
「いいだろ。たまには」
「貴様に好き勝手されるつもりは、…ふ、」
 庵の目が恨めしげに京を射抜く。背中をぐっと駆け抜けてゆくものを感じて、京は目を細めた。好きな瞳だ。つまるところ、興奮するのだ。庵はフンと鼻を鳴らすと、両の手を京の首に回し、ぐいと寄せる。その勢いのまま肩口に歯を立てられて痛みにぐぅと唸れば、楽しそうに何度も噛み付くものだから、京もまあいいか、ともう一度胸元を弄り始めた。
「く…ンッ、…は、ぁ…」
 肌を重ねる度に弄られてきた乳首は立派な性感帯として機能した。僅かに浮いた腰が腿に興奮の証を擦り付ける。京は空いた左手をゆっくりと庵の股座に向けた。
「ぁっ…!んぅ…、ふ、」
 緩く勃ち上がった熱棒に与えられた刺激に、ますます腰が揺れる。肩口に埋まっていた顔が離れ、蕩けた瞳と目が合った。

 雑にナイトテーブルを漁り、お目当てのローションを手に取る。それを手のひらに垂らせば、庵の瞳がその流れを追った。
「ぐ、ぅ…」
 つぷり、指が侵入すれば、庵の息が詰まる。緊張を解すように、再び胸元に手を伸ばしながらゆっくりと指を進めてゆく。今度は庵の手が背中に伸ばされた。途端、背中に痛みが走る。
「いっ…!」
 元々長かった庵の爪は炎を失って以来更に鋭く伸びて、今では最早凶器として以外の使い道が無いと言える。それらが背中をギリリと抉ってゆくのを感じて、京は尚更そう思った。
「…いてぇよ、八神」
 庵はしかし、それに返答することもなく、ただ京を見つめた。庵が救いを求めるような、必死に縋り付くような瞳をしている様に思えて、普段の調子で上手く笑ってやることもできない。背中の痛みに関しても、結局それ以上何も言わなかった。代わりに、唇を合わせる。
「ん…、ふ、んぅ…っは、ぁ…!」
 どこが良いかももう分かる。だが敢えて決定的な刺激を避けながら指を増やしてゆく。庵はこんな甘やかな、ぐずぐずに煮詰めて溶かされるような快感は知らなかった。最早恐怖にも近いもので、だからといって不快なものでもなくて、どうすることもできずに必死に爪を立てる。
「ぁ、もう、きょお…きょぉ…っ」
「…八神」
 京の手のひらが、泣き出しそうな幼子をあやすようにそっと髪を撫ぜる。瞼にもキスを落とせば、背中への新たな痛みは無くなった。
「きょ…、…あぁッ!」
 落ち着いたと思った途端に漸く与えられた良いところへの刺激。堪らず腰がくねる。
「ぁ、あっ…!く…んっ、ふ…!ん、…んぁ、あっ!」
 ひくひくと身体を震わせながら、腰を浮かせ身を捩る。京はもう一度唇を合わせ、指を引き抜いた。
「んうッ…!」
 自らも前を寛げると、ナイトテーブルに視線を合わせることなく引き出しを散らかす。合わせた唇の隙間から零れ落ちるどちらのものとも分からない唾液を舐め取りながら、漸くゴムを摘み上げた。そっと離れてゆく唇を銀糸が繋ぐ。互いの静かな瞳が交わる。銀糸がぷつりと切れた。
「…入れるぞ」
「………ん」
 庵は瞳を閉じた。ごちゃごちゃと変に考えたって無駄だ。ここにはセックスをする草薙京と八神庵がいる、それだけだ。ただ京から与えられる快感を余さず受け入れてしまえはいい。炎も運命も、今だけは忘れられる気がした。
「あァ…ッ!」
 既に限界近くまで高められた身体は簡単に快感を拾った。シーツを掻いていた脚が全てを委ねるように京の腰に回る。果てが近付くにつれ、再び指先に力が籠ってゆく。
「あッ、あ、アッ…!きょぉ…きょおっ!」
「ン、やがみっ…」
 どちらともなく合わせた唇に、互いの声がくぐもって響く。
「ン、んむ、…ふ、ぅ、んぅ…!っは、ぁっあッアッ!きょお…ッ!」
「くッ…!」
 瞬間、庵の身体が跳ねて、一際強く京の背中を抉った。

◇◆◇

 寝息を立てる赤い髪を撫でる。
炎を失って、同時に庵が勝手に雁字搦めになっている鎖も幾らか外れたように見えていた。
「…このままでいいのに」
 京の呟きは静まり返った部屋でぽつりと落ちた。分かっている。庵は炎をその手に取り戻す気でいる。呪いも宿命も、全てひとりの人間の身体に納めてしまうのだ、この男は。髪を撫でる手を止めて、そっと前髪を掻き分けた。月明かりに照らされた寝顔は思っていたよりも安らかで、少し安心する。そっと額にキスを落とそうとして、背中に痛みが走る。
「ってて…」
 こりゃ酷い有様だろうな、とぼんやり思いながらに、今度こそ口付けた。


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