「なあレッド、おまえ恋とかしたことあんの?」

自分よりもずっと大人びた幼なじみの唐突な問いに僕は思わず口ごもった。じわじわと茹だるような暑さに、頭も沸騰してしまっていたのかもしれない。グリーンとは、ばかでくだらない話はするけれど、こんな色恋沙汰みたいなくすぐったい話は今までしたことがなかった。14の夏のことだ。

「え、なんで」
「べっつに!まあレッドはポケモンにしか興味ないんだろーけど!」

挑発的なところは昔からで、いちいちつっかかるのも面倒だと思う程度には僕もおとなになった。じわじわと鳴く虫の声が僕のつくった沈黙を埋める。ぱたりと汗がこめかみをつたって落ちた。汗かきの僕に反してグリーンは、はたはたとうちわをあおいで涼しげにしている。それでもうっすらと汗が光っていた。

「……こい」
「え?」
「したことあるよ、」

たぶん。

虫の声に掻き消されそうな大きさでそうつぶやけば、彼はきょとんとした顔をした。じわじわ、じわじわ、やけにうるさい。はっと我に返ったグリーンはすこし悔しそうに、そうかよと言って、レッドのくせに生意気だな!とうちわで僕をはたいた。

「で?」
「え?」

今度は僕がきょとんとすれば、相手だよ相手!とにやりと勝ち気に眉を吊り上げてグリーンは笑う。この顔はなにか言うまでぜったいに引き下がらない顔だ。
じわじわ、じわじわ。虫が鳴く声がさっきより大きくなったように感じた。

「まあ、…やさしいこだよ」

なんとかそれだけの言葉をしぼりだせば、グリーンはそれだけかよ!と言う。そしてふうんと頷いてから、かわいいのか?と言う。僕はすこし考えてから、かわいいところもあるよと言う。名前は聞かない。彼は野暮なことを嫌う。

グリーンはうちわをあおいでいた手を止めて、僕の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でた。

「ま、なんかあれば相談に乗ってやらなくもないぜ!」

なんか飲み物とってくるわ!
そう言って僕を残して部屋を出ていった。はあ、と大きく息をつく。またぱたりと汗が落ちた。


僕を撫でた、高飛車でプライドが高くて、でも世話好きでやさしい幼なじみの手を想った。いつか彼の手は他のだれかをしあわせにする。僕はグリーンの、いちばんじゃなくていいから、今とおなじようにずっとくだらない話ができればいい。自分のきもちを伝えないのは臆病だと言われるかもしれない。それでも幼なじみと、親友と、ライバルとの今のゆるやかな関係を失うほうがもっとずっと僕はこわかった。

グリーンといっしょにいると、くるしい。なにかを飲み込むのもつらいような。この感覚に恋と名前をつけたのは少し前のことだ。だとすると愛とは、きっと僕がしんでしまうほどにくるしくてあまいんだろう。それならずっと恋のままで、このきもちを僕の心臓で燻らせて、伝えることもなく、終わることもなく。

僕は目を閉じて、じわじわと鳴く虫の声に耳をかたむけた。グリーンが階段を上がってくる音がする。僕はまたひとつ、大きく息を吸って、吐いた。













愛とはなにかを知っている
企画『呼吸』さまへ