放課後に図書室にこれば、そのうち先生がくる。
もう期末テストは2日後に控えていた。
あれから僕はここで毎日勉強している。
先生も本を読みにきていた。まいにち。

今日はまだ先生はきていなかった。
時計の針は5時半を指している。

がららとドアが開く音がした。
そしてすぐに先生が本棚のあいだから姿をあらわす。


「わり、」


そう言って先生はいつもどおり僕の向かいに腰かけた。


(…約束してるわけでもないのに、なんで謝るんだろ。)







図書室はとても静かで、僕がシャーペンを動かす音しか聞こえない。
もっと耳をすませば、呼吸さえ聴こえてきそうな。
たまに先生がページをめくる。
その度に僕はちらりと視線だけを先生に向ける。
ただしずかに、時間がながれる。

僕は英語の勉強をしていた。
1日ずつ、いろんな教科をローテーションしている。
昨日は古典、おとといは日本史。
いつもよりもはるかに勉強してるから、前期の結果は期待できる気がする。

わからないところがあれば先生に質問した。
英語じゃなくても、このひとはなんでもすらすらとこたえてしまう。
頭のいいひとだということを知った。
ただ、あんまり科学は得意じゃないらしい(質問しようとしたら、それは俺に聞くな、と言われた)


「お、できてるじゃん」


声におどろいて顔をあげれば、先生がすこし身を乗りだして僕のノートを見ていた。
先生がふんふんと僕が解いた問題に目を通す。
僕はシャーペンを置いた。


「うん、べつに、英語は苦手じゃないし」

「そっか」


先生が相づちをうつ。
西日が差しこんで、視界が赤く染まっていた。


「それに、先生の授業、わかりやすから」


そう言えば先生はうれしそうに笑って、僕の頭をわしわしと撫でた。


「そう言ってもらえるのはうれしいよ」


僕は先生を見る。
撫でられた頭があついような感覚。
ねえ先生、先生はなんの本を読んでるの。
どうして僕にかまってくれるの。
ねえ、せんせい。



「僕、先生のこと、すきだよ」




なにげなく発した言葉に、いちばんおどろいたのは僕だった。



「お、ありがとな」


だけど先生はにこっと笑って、それから、そういや教頭先生に用事があるんだった、と言って教室をでていった。
がらら、とドアがしまる。
何事もなかったような、かんじだけど。


「……っ!」


心臓から顔に、いっきに血液があつまった。


(僕は…いま、なにを…っ!)


どくどくと脈打つ左胸を両手でおさえる。
なんで、あんな。
どうしようもなくなって、何度も何度も深呼吸をした。
よく考えれば『すき』なんて、ただ生徒が先生に言っただけで、そんなに気にすることないじゃないか。
大丈夫、べつに変じゃない。


変じゃない、はずなのに。











産声をあげたそれは、
(心臓…しずまれ…っ)