「間に合った…!」


あのひとにぶつかって、我に返ってまた走って、やっと教室に飛びこめば、始業式を終えたばかりのクラスメイトたちが新しい学期の始まりに色めき立っていた。
ちいさな学校だから、ほとんどが知っているひとばかりだ。
息を切らせながら出席番号順に並んだ自分の席につくと、友だちに2年生早々に遅刻かよ、と笑われた。
僕もそれに笑いながら返して、あのひとのことを考える。
ここらへんで見たことないひとだったし、なんなんだろう?
引っ越してきたひと?スーツだったし、新社会人とか?

自分でも、なんでこんなに考えてるかわからない。
ただまぶたに焼きついて離れないんだ、あの、日に透けた金色が。


HRの始まりを告げるチャイムが鳴る。
そわそわと浮き足立ってる空気をそのままに、みんなが席につく。
そして、がら、と教室のドアが開いた。


(あ、)


入ってきたのは、あのひとだった。
つんつんした頭にぴしっと着こなした濃紺のスーツ。
女子がきゃあきゃあと黄色い声をあげている。
あのひとはまっすぐ歩いて教卓につくと、


「俺がこのクラスの担任、グリーンだ。よろしくな」


とひとこと言った。そして笑顔。
女子がいっそう騒ぐ。


(あのひとは先生だったのか…)


僕がじっと見ていれば、先生が視線に気づいた。
なんとなくどきっとしてしまって、僕はまだ目がそらせない。


「おまえ、ここの生徒だったのか」


なにを思ったのか、先生は声をかけてきた。
先生の視線の先には僕、みんながその視線を追って僕を見た。
とりあえず、はい、とだけ返事をする。
すると前の方の席のおんなのこが、先生はレッドくんと知り合いなんですか、と質問をした。
知り合いっていうか、ただ朝にぶつかっただけなんだよ。それだけなんだ。
先生は僕の頭のなかの言葉をそのまま、朝にぶつかったんだ、と言った。
それからまた僕を見て、


「おまえ、レッドっていうのか。1年間よろしくな!」


あと、始業式から遅刻とは関心しないな!と言って、また、あの、にこって。

そのあとすぐに女子たちから質問攻め。
先生はいくつですか。22歳。きゃあきゃあ。
担当教科はなんですか。英語。きゃあきゃあ。
どこに住んでるんですか。学校の近く。きゃあきゃあ。
彼女はいますか。秘密。きゃあきゃあ。

僕はずっと見とれてしまっていて、でもちゃんと聞いていた。
22歳で、英語を教えてて、ここらへんに住んでて、彼女がいるかどうかは、秘密。

あのひとは、グリーン、先生。












心の臓
いつもより、脈がはやい。気がする。