(6)



はじめ、でくの坊よろしく突っ立っていたのだが、段々と辛くなってきたので柱へ寄りかかった。呼吸を努めて、深くゆっくりとする。
景陵―――青春宮にいるときは、胎宮が近い所為か、身体の按配が幾分かましなように思う。己の根源がすぐ傍らにある安心感、とでもいうのだろうか。我々は花護を介して人界と繋がり、胎宮を経由して、天におわします庭師と繋がっているから。
そうこうしているうち、仕事を終えた官吏や花精が目の前を通り始めた。直属の部下もちらほら現れる。再び顔を合わせることになった上司を見、そそくさとする人間に対して、花精たちはみな、気遣わしげに黙礼をしていった。

(「…まずったかもしれない」)

周霖を寄せる、と言われ特に異論も無く待ってしまったが、如何せん場所が悪かったか。まるで大部屋の延長だ。さりとて、逃げ出す訳にもいかず、起こし掛けた背を再び柱へと戻した。篝にはぜる火が頬を照らす。また一組のつがいが、通過していく。女の花護と雌の花精の組み合わせで、外見の年頃が近いことも相まって、仲の良い友人のようだった。

『―――良い花護に嫁げるよう、祈っている』

この宮殿の奥深く、みどり溢れる胎宮の番をしている花精を思い出す。
蓮華精の雲英。煌々と同じく、年若い容姿をもつが、それなりに永い時間を経ている花精だ。彼が昔つがっていた花護が、姶濱(あいびん)と同郷で、それで縁ができた。
胎宮からあたたかく送り出してくれた声は今も耳に響いている。同胞を送り出し、また迎え入れる番人のつとめもいいが、やはり花護と連れ添って生きたい、とも言っていた。

我ながら不思議だけれど、周霖のように花精を酷使するつがいに嫁いだ今でもなお、友人の気持ちに同意ができた。
もし、花護に本分があるのなら、花精にも、同じことが言えるだろう。
種族を守らんとする意思と、花護に添おうとする本能。山吹の花護と話していたまさにそれだ。
優先度を決めるものじゃないけれど、もしかしたら、どちらか一方に傾きやすいということはあるかもしれない。個体ごとの差違―――ひとに当てはめるのなら性格、か。

例えば、胎宮の番は己の種を安全に永らえさせるのにうってつけのお役目だ。
まず、蟲を狩りに行く必要がない。人界で生きる上で掛かる負荷がないことも大きい。花護をもたず、任を解かれるまでひとり、扉の閂として花精たちの来し方行く末を見守る。
ただ、それをよしとする者もいれば、雲英のように欠落感を得る者もいるのだろう。
遠い記憶を遡ったところ、扉の守護についた柳はいなかった。同じ経験を持たない俺が、雲英の気持ちを完全に理解するのは不可能なのかもしれない。確かなことは、俺もまた蓮華精のように感じているということだけだ。

言い伝えに聴く彼岸花も、そういえば、花護をもたない花精だった。

俺も、かつての柳たちも越境して秋の庭へ行ったことがないから、彼岸花がどのような花精であったのかは不明だ。ただ壱師の禍(いちしのか)、とよばれた、出来事だけが記録として刻まれている。庭師となった花護(つがい)に求められるも、侍従として神に侍る力を持たなかったゆえに、己の身を燃やし花精としての自分を捧げた、それが彼岸花だ。

ひとがたを取ることもなく、繁栄を約束される彼の花は、衰弱した身体を引きずって花護に従う俺と、まさに対極の存在と言えた。幸か不幸か、羨望の情は花精の業ではないので、「そういうこともあるのか」くらいの感想しか出ない。
周霖にとっては、もしかしたら、彼岸花のような「つがい」が好都合かもしれない。お荷物になる肉体を持たず、理力のみをもたらしてくれるような関係性――――――、くだらない、とは言わないが、現実にならないのだから、考えるだけ無駄だな。第一、彼岸花は秋好宮(あきこのむのみや)に愛されたあまり、ひとがたを失ったのだ。前提が違う。



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