(4)



花精をもたない花護は、長く官吏に留まれない。空隙をついて人間たちがおそれながら、と訴えを起こせば、都察院御史の任を剥奪されることもあり得るし、最悪、剣鉈を取り上げられ、青春宮の門を二度とくぐることすらないかもしれない。材料は充分すぎるほど揃っているからだ。
そうすれば、周霖は花護でなくなる。花精にとっての脅威は排除され、彼はただ、寿命が長く、力が強いだけの人間になる。
客観的に煌々の言うことは正しいのだろう。おそらく、それが柳を守る最後の手段だ。
けれど俺の出した答えは否、だった。

「…花精の本能は強い。時として矛盾を起こすほどにな。種族の生を守る選択と、現在の花護に添おうとする意思。…本来、ぶつかるはずのないものがお前の中で衝突したのだろう」
「そう…、なのか」
「安心しろ、煌々からの受け売りだ」

とん、と軽く肩をたたかれる。まるで、俺の抵抗感を拭うかのような触れ方だった。

「花精を解釈しようだなどと、おこがましいことはしないよ。先日のお前の様子を見て、連れ合いはそう、判断したようだ。辛いことをさせた、と反省していた。赦して遣ってくれ」
「ほんとうに、いいんだ。…俺にとっても、良い機会だった」
「良い機会?」
「ああ」

それ以上、俺が詳しくを語らないで居ると、歩みを止めぬよう、万廻は身振りで先導をした。
立ち話にするつもりはないようだ。彼も忙しい身だから、当然だろう。周霖の所為もある。
またひとつ階を降りた。すれ違う官吏の礼を鷹揚に受け、山犬はふたたび口を開いた。

「俺たち巫祝(ふしゅく)の民も決めごとの中で生きている。素養を持つ巫祝は必ず、課された定めとして、花護を目指す。巫祝がひとより強く、すぐれた理力をもっているのには理由がある。それは、花精に次いで庭師に近い存在だからだ」
「…巫祝はみな、そう言うらしいな」
「ああ」

確信に満ちた頷きを曖昧に受け止める。
巫祝の民は庭師に近い「ひと」を標榜するゆえに、自らを巫(かんなぎ)と称するのだ。実際のところはわからない。俺たちからすれば、巫祝も人間もおなじ「ひと」でしかない。
ただ理力の大小と、花護としての安定性が段違いに異なるだけ。見えざる意図があるのだとしたら、それは庭師の領分だ。
人界にやってくる巫祝はまず花護の素養を持つ者だけで、そうでない者たちは庭の境界付近や人里離れた僻地に里をつくり、ひっそりと暮らしている。里は結界が張られていたり、関が設けてあったりして、手形がなければ通り抜けることすらできない。
彼らの生き方は徹底している。花精のように、そう「つくられている」のとは違う、信仰と文化でもって、自分たちを定義している。

「花護の素養があるということは、そうあらねばならない、ということなんだ。…畢竟、この世界で己の道筋を迷うのは人間だけさ」
「周霖も迷っていると、そう言いたいのか」
「…むしろ、その逆じゃないのか」
「逆」
「…あいつには、俺と似たものを感じるんだ」と万廻は呟くように言った。

俺が目を瞠ると、明らかな苦笑いでもって応じられた。獣の面を持っていても、周霖よりよほど表情豊かだ、と今更ながらの事実に気がついてしまう。

「まったく根拠はないんだけれどな。周霖とそういう話をしたわけでもないし。…あいつが都察院に転属したおり、理解したくて近付いたこともあったが、無関心に追い払われたよ」
「万廻と、…周霖が似ている?」

わからなくて、共通項をあれこれと考える。駄目だ。理力の強い花護、ということくらいしか思い当たらない。

「俺と似ているというか、…巫祝と似ているのか。なんだろうか、うまく表現できないのだが、『あらねばらない』ということなんだ。『あるべき』といえばいいのか。
周霖はおそらく、自分がこうあるべき、という姿が見えている。それを成すための道具だから、花精も家柄も、官吏としての位階も感情を傾ける対象ではない」

どれも推測に過ぎないが、と付け足して、彼は俺の様子をさぐるようにした。回廊に出た俺たちを、等間隔に点された灯りが照らし出す。整えられた小庭で白味のつよい花がぼんやりと浮かび上がっている。噴水から水が流れる音、松明が弾ける音以外は静かなものだ。
彼の視線を感じつつ、暗がりに揺れる花弁を眺めた。水面に映った己の面も、あんな色をしていたな、と思いながら。

「あいつが何を目指しているのかは、俺にはわからん。暴力に酔いたいだけの男ではないと思いたい。だが、それが為に花精が枯れていくのは忍びない。…済まないな。もし、再び煌々に頼られたら、上の方々への取りなしをしようとも考えていた。お前が望むと望まざるに関わらず、な」
「…万廻が左房の御史でよかった」



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