瓶覗き(かめのぞき)
袖口や裾の生地に目が留まるようになったのは、果たして、いつからであったろう。
俺の血と蟲の体液、それぞれ赤と白の色を吸着した衣袍は、もとの紺青(こんじょう)から灰色へ変色していた。ほつれた部分からじわじわと染みこんで、どんなに洗濯をしてもついには落ちなくなってしまった。
替えの衣袍は支給されているけれど、限りがある。官服は、私服と異なり購って増やすものではないし、そもそも、俺の自由になる金子(きんす)など、少ないものだ。
花護の本分からすると、なるほど、周霖(しゅうりん)の行いは理にかなっている。
しかし政(まつりごと)に則れば、職務を放棄しては都察院を抜け出し、蟲狩りに血道を上げたり、無役の花護たちの集う場末の酒場に入り浸ったりしている、能のない官匪ということになってしまう。
役目を怠った罰として、周霖も俺も禄を減らされている。本来、都察院御史が受け取る金額の四分の一もないかもしれない。幸か不幸か、住まいにしている官舎は僅かな賃料で済むし、酒や刀の維持を除けば出費も少ない。ゆえに何とかやりくりがついている。
案じた実家の謝家から時々金が届けられてはいるが、周霖が己から助力を請うたことはなかった。
周霖は強力な花護だ。「花喰人」の名の通り、幾人もの花精をその器(うつわ)で潰してきた。彼の衣袍が己自身や、蟲の血で汚されることはなくても、並の力しか持たないつがいの俺は、男の背を追いかけるのが精一杯だ。花精は生まれたときから理力の容量が定まっている。年齢による衰えがない代わりに、強くなる―――成長をすることもない。
積んだ経験は確かに得がたい糧となるけれど、それが蓄積される前に落命する、という流れを周霖の花精たちは繰り返していた。
俺もまた、同じ轍の前へ爪先をおいているのかもしれない。
衣袍の色はもはや、染料でもどうにもならないほどに変わった。これ以上染め直したら、官位の定めと異なる青になってしまう。
せめてもと、見苦しくない程度にほつれを繕い、藍を溶かした桶へ衣を落とす。
さざなみだつ水面に自分の顔が映っている。
ぼう、と白く浮かぶ像は揺れて、それが細かな波の所為なのか、ひとのかたちを保ちそこねているゆえなのか、もう分からない。
雲ひとつなく澄み渡った更夜、官舎の井戸のかたわらで俺は、こうべを垂れた。
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