(8)



周霖のかつてのつがい、唐桃の幾人かはこの娘が看取っていると聞き知っている。
喪失の経験が彼女に及ぼした影響は大きいのかもしれない。花精たちを見守る灰色の目は、やさしい。
花護と称し、花精と呼ぶ。合わせてつがいとなる。
寿命を持ち、同じ役目を負う者同士故に、番った。ならば互いを労ることに、何の不自然があるだろうか。

「こいつがぐうすか寝てんの、…初めて見たな」

そのような感想を持つあたり、周霖のところもまた、国房と同じような具合なのかもしれない。
柳の頬に掛かった黒髪を指でかきやってやりながらの呟きを拾い聞いたらしく、痩身の医士が底意地の悪い笑みを滲ませた。

「散々疲れさせて昏倒してるざまなら腐るほど見ただろう?うん?」
「本当うっせえな、てめえは…」
「まあ、あれだ。抱き潰して足腰立たなくしているくらいならば、まだよしとしよう。以前のように、やれ腕がもげかけた、とか、腹を裂いたなんてのは勘弁願いたいね」
「……」

痛いところを突かれたらしく、強面は口を引き結んでよりいっそうの顰めつらしい顔を作った。はらはらと二人を交互に見たが、恬子が溜息を吐きながらも放置しているので彼女に倣うことにする。止めに入って解決するならば覚悟の決めようもあるが、些か難しそうだ。

「これは、…注射じゃなくて呼気で吸い込む方が宜しいのですか?」

仕方がないので、疑問に思っていたことを問うた。御史は再び舌打ちをした後で、執務机にとって返し、添え付けの豪奢な椅子を軽々と担ぎ上げた。恬子が脈を測り終えたところで、花精たちの正面にどんと椅子を置き、陣取る。そうして、柳のほっそりとした手首を取り上げた。静かに呼吸を繰り返す彼を凝と見守っている。
二人を一瞥した後で、医士は三白眼をこちらへと向けた。

「…それこそ、後遺症が出かねない話だな。人間には全く効力がない。しかし花精には見ての通り、覿面だ。花は蟲の対極に位置する生き物だ。協力してくれちゃあいるがな、拒否感は相当に高いだろう。無理を通せばどんな副作用を起こすことか。結局は血に混ざるが、…直接脈に入れるのであれば稀釈すべきだろうな」
「確かに…、」

なるほど、と漏らした呟きに、ばん、ばん、と激しく扉を叩く音が被った。眠る花精たちを除く全員が、震動に揺れる扉を見遣った。裾をさばいて戸の前に向かった恬子は、なお打ち震えるそれを見、眉を顰める。

「…万廻さま?」
「それならば早く入れろ」と文観。命じるだけでは飽きたらず、彼はさっと立ち上がると弟子の後を追う。
「計測にずれが起こるのはあまりかんばしくない。やつめ、つがいを連れてきてるだろうな。巫祝の方に用事はない」

協力を仰ぐにしては失礼過ぎる発言に些か呆れつつ、国房もまた腰を上げる。
山吹の花護、山犬頭の万廻は周霖同様、御史の身分だ。自分にとっては上司にあたる。礼をとらねばと立った。国房が扉に向き直るのと、促された恬子が把手に手を掛けるのとはほぼ同時で、両開きになった戸の向こう、廊下を背景に仁王立ちをしていた相手ともろに目があってしまった。

「あ…!」
「ええっ」

国房、恬子の悲鳴、「くそ」と周霖が忌々しげに呻く。

「コラァ!!あんたたち、あたしに隠れて何やってんの!」

浴びせかけられる視線に臆することなど一切無く、人を突き殺せそうな高い踵を鳴らし、濃い青の衣袍を纏った人物が入ってきた。
しゃなりしゃなりと、腰を蠱惑的に揺らめかせながら。




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