(6)



満を持した、という様子で、文観が香炉の蓋を開け、線香の先に点した火を遷した。
ほどなく、白い煙が穴から立ち上る。甘藷を焼くのに似た、芳ばしい香りがあたりに漂い始めた。
人の身からすればその程度の代物だが、花精たちは緊張した面持ちになる。やはり蟲から作られた香薬、というのが理由なのか、五感のどこかしらに障るのかもしれない。医士もよくよく、罪なことをする。結果的にその片棒を担いだのは他ならぬ自分であるが。

あまり表情の変わらない伎良はともかく、部屋を煙らせる靄が濃くなるにつれて、あの夕筒が不安そうに天井を見上げるに至り、事なかれ主義の国房も流石に心痛をおぼえた。いわんや己がつがいをや、緋鞘はやはりと言うか、わかりやすく恨めしげな顔になっている。だったらもっと強固に抵抗してくれよ、と責任転嫁を試みているうちに、しゃんと伸びた首が突然に折れた。思わず息を呑む。つい先ほどまで伏し目ながらもこちらを睨み付けていた彼が、長い髪を垂らして俯いている。

「効きましたね」と恬子が言い。
「効いたな」と周霖が頷く。
「……」

文観は口を引き結び、首にぶら下げた時計を確認したり紙に何かを書き付けたりしている。先ほどの悪ふざけから一転、嘘のような集中ぶりだ。心なしか、薄い色合いの目もぎらぎらと光っているように見える。
国房は背凭れのない腰掛けに座り込み、見物を決め込むことにした。どうにも出番がなさそうである。これが終わったら焼芋でも食いに行こうか、などとぼんやり考えた。またつがいに小言を言われそうだ。

「おい恬子、ぼさっとしとらんで脈を取れ」
「あ、はいっ」

三人の花精は、今や全員が総身を弛緩させて寝入っている。
夕筒は伎良の肩に頭をもたせかけ、その伎良から拳一つを置いて離れたところで、国房のつがいが目蓋を閉じていた。緩く結った赤毛が呼吸に合わせてさやさやと揺れる。

「満天星、皐月、それで柳の順か。…全体的な能力の値(あたい)は夕筒が一番高いんだがなぁ。何が基準になっているのやら。やはり検体が少なすぎるか。雌も欲しいところだしな」

ぶつぶつと零す文観に、周霖があからさまな舌打ちをする。

「青春宮でぬくぬくと生活している連中とあいつが同列なわけねえだろ」
「花精は人の子と違って能力の値が成長しない生き物だ。お前さんも碩舎で習ったろう」とつまらなげに医士は言う。「夕筒は強い。皐月のは…まあ、記録を見る限りは悪くはねえな。特別ぬきんでているわけでもないが。伎良は精々並だ。今のところで思い当たる節があるとすりゃ、…その身に受けた治療の回数、後は柳の性質といったところか」
「…伎良さまには、まだ公にはしておらない薬を使ったことがございます」

躊躇いがちにそう述べた弟子へ、文観は頷いた。

「それがどう作用しているのかは分からん。…似た種族の花精で、すこうしずつ条件を変えたやつらを用意するのが一番いいんだがな。したら、何が反発しているのか、打ち消しているのか明らかに出来るのによ」
「…俺の花精だ。俺が好きにするのは誰に咎め立てを受ける話じゃない。だがお前らの玩具にするためにこいつを生き延ばしたつもりもないぜ」




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