(2)



「よし、これで三人だな。…おい、万廻(まんかい)はどうしたんだ。あいつんところの煌々(きらら)には協力してもらわねえと困るんだがな」
「朝方、知らせを出しました。じきに参りましょう」

伎良に喋りかけている医士(いじ)こそが、国房を呼びつけた張本人だった。
視線に気付いたのであろう、浅黒い膚にぎすぎすと痩せた体の男は、薄い口脣をまくり上げて笑って見せた。覗く鋭い歯には煙草ヤニが付着して、容貌の凶悪さに拍車が掛かった。
こちらが口を開くかどうかの内に、大股で歩み寄ってくる。握手から逃げる暇すら与えてくれなかった。

「…こ、これは文観(ぶんかん)さま…。本日はお日柄もよろしく…」
「おうおうおうおう、全くいいお日柄だよ。お前さんの御陰でな」と、笑われた。

三白眼の目つきが己の周囲のあちこちを撫でていくのに、逃げ出したい気分に陥る。

「目が充血してんぞ。ちゃんと寝てるか。お前さんのことだから夜更かしして本でも読んでるんだろう。沼酢の実がよく効く。つがいにでも言って調達して貰え」
「あ、ありがとうございます…」

医士は国房の謝辞を適当に受け流し、本命とばかりにその隣を眇め見た。

「で、そっちがあれだな、皐月の」

強い視線をものともせず、赤毛の花精は凛と姿勢を正した。彼特有の冷ややかな雰囲気は例え太医院の医士長相手でも変わらないらしく、慇懃無礼に相手を突き放すような風すら漂う。内心、ひやひやしながら見守った。

「緋鞘と申します。…お初にお目に掛かる」
「満天星のご親戚だな。へえ、こりゃまた凸凹の組み合わせだ。花喰人んとこと良い勝負じゃねえか」
「うるせえよ」と周霖。
「あの、先生」耐えかねたように恬子が口を挟んだ。「…そろそろ説明していただけませんか。何故わたくしたちを集めたのか」

文観、黄素馨(きそけい)の花護は太医院の医士長にして、花護の高等学舎「建礼舎」の老師だ。齢五十をこえたあたりの外形は、痩せた長身の印象が強く残る。
春苑の花護としての勤めは長いが、医士の職務も、建礼舎での教導もご意見番程度、最近は自邸で花精の研究に没頭しているらしい、と専らの噂だ。
そんな文観であるが、部署違いの都察院左房においてはこと医士らしく振る舞った。恬子の恩師である点を差し引いても関わりは深い。
理由は周霖。―――そして、彼のつがいにあった。

謝家の周霖は「花喰人」と仇名されるほど、花精の扱いが荒いことで悪評が高かった。
先のつがいであった唐桃などは、六代に掛けて枯れ続け、その前の樒(しきみ)の花精も早くに逝った。今のつがいである柳の伎良も、枯れるかどうかの一歩手前までこき使われ続けていた。
国房自身、白い膚をいっそう青白くし、ぴくとも動かなくなった体躯を引き摺られ、帰城する花精を幾たびも見ている。あのような有様になっても番わねばならない、花の宿命とは如何なるものか、と他人事ながらも悲痛に感じた。

己の出身である秋の庭、秋廼(しゅうだい)は花精を慈しみ、敬う風潮が強い。
他の花護の証立てがあれば、一時的につがいの関係を解消した上で、花精を保護する機関も存在するくらいだ。
古い言い伝えによれば、秋廼の神、素王(すおう)がそのように取り決めたのだという。花精は理のちからを具現化し、神と人とを仲立つ存在。その理力は世界の安定に関わっている。人は花に支えられて生きているのだから、彼らを守り、中心に据えて庭を作らねばならない、とするのは秋の庭の基本的な姿勢だ―――ひとの力が強い夏の庭とは対照的であるそうな。

とにかく、秋の庭においては、周霖と伎良のような関係は考えられない。春苑は確かに豊かな庭だが、その恵まれた環境ゆえに花精の扱いが雑に過ぎるのでは無いか。そんなことすらも思った。





- 2 -
[*前] | [次#]


◇PN一覧
◇main


BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -