(11)
「…大体のところは分かったわ」
一通りの経緯説明が終わったらしく、感心と呆れがない交ぜになったような声音で世高が言う。腕組みをする、その両の腕は筋骨隆々とし、化粧や身に纏う衣装とは不均衡はなはだしい。何か見てはならないものを見たようなばつの悪さに襲われる。
「取りあえず外法の実験、てのとは違うみたいねえ」
「そんな暇人のやるようなこたあせんわ、阿呆か」くだらない、とばかりに医士は首を振った。
「…それよりも牡丹精は連れとらんのか。ここに居るのは軒並み雄ばかりだからな、雌で、しかも理力の強い花精の検体なぞ、願ったり叶ったりなんだが」
「なんでうちの子をあんたの面白大実験に付き合わせなきゃいけねえんだっつうの」
世高はべっと舌を出し、文観の横をすり抜けた。椅子ごと脇へ退いていた周霖に満面の笑みを向け、如実に厭がられている。
「…と、言いたいところだけれど」
「む、」
「この三人の様子如何によっちゃあ、うちの子を呼んでもいいわよ。勿論、鶯嵐さまの許可を得てね」
「そういう手続きが面倒だからこいつらに頼んだに決まっておろうよ」
「そういう手続きをすっ飛ばすから、後々面倒臭いことになるに決まってんでしょう」
反駁を微妙にすり替えたような発言をし、昏々と眠り続ける花精たちを見下ろす。
半刻前と変わらず、夕筒、伎良、緋鞘の三人は目蓋を下ろしたままだ。赤紫のやわらかな髪毛を撫でつつ、煬大夫は、まず、とばかりに少年の寝顔を覗き込んだ。
「夕筒は元気そうね。恬子と相性がいいみたいだわ」
「…あ、ありがとうございますっ」
恐縮したように勢いよく頭を下げる娘へ、紅を刷いた口脣が笑みをつくる。
「阿僧祇ほどじゃないけれど長生きだしねえ。…頑固でしょ、この子」
「いえ、わたくしが教わることが多いくらいで」
「長命の花精と付き合うときはそれくらいの謙虚さが肝心よ。彼らはたくさんのことを教えてくれる」
触れられたことに反応したのか、んん、と小さく唸った夕筒が、伎良の肩からずり落ちて平たい膝へ頭を落とした。柳は衝撃に一瞬寝息を止めたが、すぐに穏やかな呼吸を始めた。恬子がひゃっと叫んで、世高はおかしそうに笑声をあげる。
「…国房のところのは、随分と陰険そうな面構えしてんのね」
「は、はあ…」
否定の材料もなく、気の抜けた返事をしてしまう。陰険だけではないが、事実の一部ではあるように思う。
「こういうのってむっつりだったりすんのよお。ねえ、もう食べちゃった?それとも喰われちゃった?」
「は?」
「だからあ」
くねる腰に手の甲を当て、ずいと顔を寄せてくる。その距離と同じ分だけ首を引いて逃げれば、かまととぶってんじゃないわよ、と罵られた。
「―――抱いたのか抱かれたのかって聞いてんの」
直截な問い掛けに、言語機能が一瞬のうちに吹っ飛んだ。
「ハ…?!そっ、そっ」
「そ?」
「そのような事実は思い当たらないと言うよりも実際としては全く片鱗すら現れておりませんわけで、お、俺じゃない、拙官とつがいは互いに清い身、いえ、緋鞘が以前の連れ合いとどうしておったかは情けなくも存じておりませんで、因みに拙官はかつて妻のあった身でございまして」
白髪交じりの短髪を掻きむしりそうになりながら、混乱した頭で何とか返答をする。みるみる内に歪む大夫の表情に、失敗を悟りながらも、焦りと惑乱と、「上司は絶対」という宮仕えの哀しさ故、止めることはできなかった。
「決してどうて」
「あんたの性遍歴はどうでもいいわ取りあえず」
「ウッ…」
「…なんか、あれね。似合いっぽいわね。しかもあんたが押し倒されそうな感じね。ご愁傷さま」
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