(9)
周霖に比べれば小さいが、それでも大柄として差し支えない体躯。
黒く艶やかな巻き毛は襟足のあたりで切られ、同じ色の睫毛は目蓋に向けてくるりと曲線を描いている。くっきりとした二重のやや吊りがちな目と、高い鼻梁。薄い口脣を彩る紅は濃い桜色だ。華やかと表して差し支えのない容貌である。
身体の線に沿うつくりの青い衣は、太股のあたりに際どい切れ目が入っている。薄手の袴子(ずぼん)は膝丈まで、剥き出しの部分はきれいに剃毛されている。全体として、鞭のようにしなやかで、それでいて、…鍛えられて太い印象を与える。
花護の証、剣鉈は片刃だ。厚さはそれなりだが、幅が広く作られている異形の拵えである。肉切り包丁、と陰口を叩いていた同僚の言葉を思い出す。
「謀?!まさか宴会か!なんでもいいから仕事しろ!!」
「世高(せいこう)さま…!」
「こ、これは大夫!」
よく徹る声に全身を打擲され、大慌てで膝を折ったのは、自分と、恬子だ。残る二人はおそらく、どうでも良さそうに傍観しているのだろう。
冷や汗を垂らし、床を見つめる。こつこつと足音がし、視界に、くだんの靴の爪先が入ってくる。
「…・・左房の官吏が雁首揃えて何やってんのよう。ねえ、聞いて良い?…国房」
「は、は…、その」
「恬子でもいいのよ?…何?後ろであんたらの花精ちゃんたちが爆睡してるけど」
「ええ、あ、あっ、と、ですね」
「そっちでガンつけてる二人の答えは聞いたところで怪しいものねえ。―――って言うか、登庁してんならツラ見せろってんだよ周霖」
突然、声音がドスの効いたものに変わり、比例して国房の冷や汗は大増量だ。張り詰めた空気が再び部屋を覆う。
「てめえんとこに挨拶に行くくらいなら、外出てる方がマシだ」と御史は吐き捨てた。「…やはり藪に付き合わねえで、さっさとそうすべきだったぜ」
周霖の態度に、青衣の官吏は口の端を吊り上げた。胸筋に押し広げられた上着の隙間から、牡丹の模様が描かれた扇子を取り出し、芝居がかった仕草で煽ぐ。
「あら、ちゃあんとお仕事してくれないと禄を止めちゃうわよお?あんたの大事な柳がひもじくなっちゃったらかわいそうでしょ?」
相対する花護の双眸に凶暴な光が灯る。
「ん?」と蠱惑的な口脣は挑発を続けた。「…あたしもねえ、あんたはともかく伎良が困るのはちょいとばかし心が痛むのよ。うちの阿僧祇(あそうぎ)もそこそこ心配してるみたいだし」
「それ以上くだらねえことほざいてると斬るぞ、世高」
「あらあ、…やってみなさいよ。ボッコボコのギッタギタにしてやるからさァ」
目眦が狐のように鋭く尖り、周霖の巨躯がゆらりと立ち上がる。世高は微笑みを湛えたまま扇を懐へ差し戻した。そうして手をぶらつかせている。今にも抜刀してやると言わんばかりのざまだ。
すくみ上がって身動きすらとれない部下二人に代わり、溜息を吐きつつ彼らの間に介入した者がいる。文観だった。
「折角の貴重な時間をお前等の喧嘩で台無しにせんでくれ。計測の邪魔になるし、うるさくて集中できんわ」
まってました、とばかりに青衣の官吏は片目を瞑る。
「じゃあ説明して頂戴よセンセ。…あたしが納得いくように、ね」
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