笑う男(7)



「―――あ、ええと、見目君、ありがとうございました。それでは、次の候補者―――」

演説が終わった人間は待機席に戻る手順になっていたと思うが、見目は並ぶパイプ椅子を無視し、舞台の袖を下りて、詰め所に使う小部屋まで直行した。
肩がどん、と押され、壁へと軽くよろめく。振り向くと修羅の目つきでこちらを睨め付ける友人に出遭った。

「…何の真似だ、とか日向野はどうした、とかは、…もういい。終わったことだからな」
「オレにも言いたいことあるんだけど」
「俺が先だ。当然だろう?」

ああ、面倒臭い。別にいいじゃねえの。少なくとも、見目に悪く作用することは何一つとしてしなかったんだから。

「お前、家はいいのか」
「家?」
「…お袋さん、黙ってないんじゃないのか」

煮えくりかえる腸を押さえつけて、まずは人の心配か。まったく、相変わらずのいい子ちゃんだ――――尤も、ただの優等生なら付き合いもしないが。

「お袋には適当に言っておくさ。…そうだな、『附属大学に進学を控えている親友が居たから、彼の応援に回りたかった』とでも言おうかな?来年もありますし、って宥めておけば、丸め込めるんじゃないの」
「……はあ…」

瞑目した見目は深く深く嘆息した。こめかみをぐりぐりと抑えすらしている。

「じゃあさ、オレも言わせてもらうけど。あの酷い演説はなによ。全然草稿と違うじゃんよ」
「…突然現れて段取りを破壊した上にその言い様、よくもまあ…」
「オレはぁ、ちゃあんとアピールしたでしょうが。八反田のお調子者まで使って特進科の敷居を低くしてやったのに、固いことしか言わねえし、普通科にも特進科にも都合の悪いことしか言わねえし、速攻終わるし……あの演説、生徒会史上最短記録だったんじゃないの」
「余計な世話だ。…大体お前が突然出てくるから覚えてた内容が全部ふっ飛んだんだ。仕方ないから本音を話した」

は、あれはマジだったのか。アドリブに強い見目君らしくないですねえ。
そんなことを言おう物なら火に油を注ぐのは明白だったので、オレは微笑みながら「まあまあ」と宥める作戦に出た。

「……あのねえ、ミメ。別に犯罪したワケじゃないんだし、裏工作なんて野暮なこともしてないし、特進科の票は捕まえておかないとしんどいでしょ?」
「日向野でも充分だった」
「当選するだけなら、ね。……でも折角なら、トップ当選してさぁ」
「…おい、夏彦」

慌てたように顔を上げた見目へ、にやにやと笑ってみせる。
執行部は当選後、生徒会内で業務分掌を決める。けれど、次期生徒会長たる『会長代行』の席は、今回の投票でトップ当選をした人間のものだ。
特進科のバカに生徒会長の任をくれてやるつもりは毛頭無い。立候補者の顔ぶれを見たが、バカか、堅物か、選民意識に凝り固まった箱入りかの三択だ。ならば、第四選択肢で普通科のダークホースを宛がった方がいい。

それに見目が生徒会長になったら、口うるさい母親への言い訳も立つ。あのひとのオレびいきも矛先が鈍る。友人思いの息子を演じるのも楽じゃあないが、メリットはそれなりにあるのだ。

「―――まあ、これで落ちたらオレの所為じゃなくて、ミメのぶっちゃけ演説の所為だからね」
「…落ちないさ」
「……、は?」



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