笑う男(6)





(「……する、つもりだな」)


……あるいは、実際に頭から吹っ飛んでしまったのかもしれない。

見目は充分に分かっている筈だ。本来はオレも奴と同じように届け出を出し、応援人としてではなく、立候補者として壇上に立たなければならなかったこと。そして、為さなかった場合、どのような結果が引き起こされるかを。
苛立つ感情をしっかりと抑え込みながら、髪を掻き上げる。天井のスポットライトが剥き出しの腕を焼く。そこに浮かび上がる白い背はオレの存在をきれいに隔絶し、会場に語りかけることに意識を集中していた。

「…とは言え、どこをどう喋るべきなのか頭が真っ白で整理がついていないのですが…」

心底困り果てた声に、「がんばって!」と女の声が飛んだ。妙に必死な響きが(裏返せば捧げられた好意が)伝わってくる。見目は少し苦笑した。

「ありがとうございます。…そう、ですね。ありきたりですが、私が生徒会において、必ずやり遂げられることについて話そうと思います。最近は、政治の世界でも、公約への取組や達成の如何が大きく取り沙汰されることですし」

ここで、口調はさらにに真摯なものになった。

「…けれど、出来ないことを出来る、とは言いたくありません」

あー…、こいつ言わなくても良いこと言いそうだ。前向き発言の羅列、触らぬ大問題に大風呂敷なし作戦はどうやら撤回の模様だね。
つうか、今気付いたんだけど、この応援人って椅子かなんかねえの?見目が話してる間、オレ立ちっぱってこと?

「例えば、普通科で毎回話題になるのは校則の緩和です。染髪、ピアスを特進科と同じく許可せよという意見は随分前から公約のひとつとして使われてきました。実際は、変化はありません。学校に要望として上げた生徒会は皆無です。議事録のどこにも案件はない。……普通科と特進科は別個のコースポリシーがあります。理屈でいうなら、二学科間にあるのは、差別ではなく区別です。もし普通科の規程を変えるであれば、『特進科と同じにする』のではなく、普通科として、何故そのようにしたいかを、する必要があるのかを検討しなければなりません。そしてまた、決して人気取りや話題作りのために、軽々に扱うべきものじゃない」

姿勢のぶれは全くと言っていいほどなかった。忘れた、とほざいた癖に見目は滔々と喋った。まるで先ほどまでのオレを揶揄するかのように。

「ただ、それらの区別が積み重なり、誤解や羨望を生んで私たちの間に壁が出来たのは事実です。特進科においては、生徒は与えられる自由に比例する義務と目標が課されている、と聞きます。私たちはそれを知った上で、要求をしているのか考えなければならない。
皆さんの多くが感じていると思いますが―――壁は、簡単になくせるものではありません。努力はするつもりです。結果がどう付いてくるかは、今の自分には分かりません。出来ないものを確約するつもりはない。けれど、生徒会の1年半は壁を打つ槌の1つ1つです」

…できない、わからないは言わない約束だろうが。この手のシュチュエーションで。

「私が出来る、と言い切れるのは、生徒会規程の整備と改正案の提出です。各科の幾人が選出されるのか、人数による票差はどうするのか、不明瞭な点が多い。
昨年の実体験と、今までの資料を基に望ましい形に整えることはします。1つの学校を構成する私たちは区別された、対等の位置にあるものだと明確にすること。それが私の短期目標です」

後ろから寄っていって殴り飛ばしてやろうか、という思いすらふつふつと沸いた。折角、特進科の連中に愛想振りまいてやったというのに、ミメの奴、お膳立てをすべてぶちこわしにしやがった。お猿の八反田まで担ぎ出したんだ。使えるものは何でも使えよ、馬鹿め。

「皆さんの総意である生徒会そのものが、もっと見える形で定められ、運営されるべきだと考えているからです。それが、一番伝えたいことです。
私は普通科の生徒です。特進に友人はおりますが、学科の理解が出来ているとは思っておりません。――――執行部に当選することが適ったら、残りの執行の方、先生方、何より皆さんの意見を参考に方針を固めて行けたらと考えております」

阿呆らしくなって爪先の照りに映る自分の顔を眺めていたら、見目の喋りがぴたりと止まった。ついにネタが尽きたか、そう思って顔を上げようとした瞬間、素晴らしく清々しい声音で見目は言った。

「以上で、演説を終了させて頂きます。ご静聴、ありがとうございました!」
「…はあ?」

オレが話した3分の1程の時間での終了宣言。そのまま、演台で一礼。選挙管理委員会が詰めている席にも深々と頭を下げ、くるりとこちらへ振り返る。
あれ、目が半眼になっていやがる。

「…行くぞ」
「あー…」
「行、く、ぞ」

一語一語を区切って言うと、何を思ったのか片手でオレの肩をがっしり掴んで歩き始めた。連行される犯罪者の気分だ。
横目で聴衆を見ると、唐突に終わった演説に会場はぽかんとしていた。仕方がないので笑顔で手を大振りに振ったところ、肩の肉がさらに強く掴まれる結果になった。この馬鹿力が。




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