笑う男(5)
【夏彦】
促しに従ったかのように見えた見目は、オレが場を譲った後で初っぱなから高揚した雰囲気をぶち壊しにした。雷か、鉄槌か、その両方か。とにかく部活の後輩に説教でもするような、腹にずんと響く声が聴衆をうちのめした。肩からがくりと力が脱ける。やはりというか、そうなったか。
こいつは真っ直ぐな部分と計算高い性格とを同時に持ち合わせている。見目にとって、この選挙は剣道の試合と似たようなものだろう。オレの演説とはまた、遣り方が違うものの効果はある。「始め」の合図と共に選手が発するのは精神を引き絞り、相手を圧する声だ。
生徒たちが一人残らず座るのを待って、見目は口を開いた。
「…まずは、山ノ井君、応援演説ありがとうございました」
お、いきなりオレに振る?にっこり笑いながら慇懃に頭を下げてやったら、あいつもにっこりと微笑んだまま、軽く礼をしてきた。…怖。
「応援人代理という突然の大役を快諾頂き、あのような心強い援護射撃をして下さったことに深く感謝を致します」
代理、と快諾、の部分の声がやたらにでかかった事は気の所為じゃない。おー、おー、怒ってるね、ミメ。あんなに褒め称えて遣ったのに、何が不足かよ。しかも敬語、気持ち悪りぃし。
確かに快諾どころか、日向野をだまくらかして引っ込めたわけだし、恥ずかしい過去もぶちまけちゃったしねえ。でも、まあ、少しくらいとっつき易い隙みたいなものがあった方が、人も票もくっついてくるんだよ。ぱっと見の印象はどうしたってお固い感じなんだし、今更どうにか出来るもんじゃなし。お前だって分かってる癖にさ。
「さて、私の演説ですが………、」
見目はそこで区切った。場内のざわつきは完全に治まった――――悪くない。
日向野が何を言うかは大体聞いていたし、事前に見目の草稿に目を通していたから、展開される話題の突端に触れる形で喋った。特進と北高のリレーションは他の連中も言うところだが、こいつには去年の実績があるから「何かはするだろう」という感触は持たせられる。そこにオレが太鼓判を押せば説得力は増し、特進の票は稼げる。
「―――大変情けないことに記憶していた演説内容を忘れてしまいました」
(「……なんだと?」)
たっぷり溜めを作った後で、見目の野郎はそう、言った。
演台をぎっと睨み付けるが、見えるのはしっかりした線を描く奴の背中だけだ。
「ペーパーもありません、ので、予定していた内容とは若干変更をして話をしようと思います」
お前はナイター中継の後番組か。応援演説をふいにするつもりか?
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