笑う男(4)




「…………、…………。人徳も、先ほど、剣道部の皆さんがサプライズ応援をしていましたよね。俺みたいな面倒臭がりが進んで応援人代理を引き受けたのも、証明のひとつと捉えて頂ければ幸いです」

声と同じく、記憶に刷り込まれた山ノ井の容姿を壇上のそれを重ね合わせてみた。蠱惑的にひとを覗き込む双眸や、理想のかたちに微笑む口脣なんかを。俺が相対していたときに感じた、こちらを引き摺り込むような空気―――まるで見えない手が絡みつくようなそれだけは、きれいに払拭されていた。
考えすぎ、だったのかもしれない。俺はあのとき、ほんの一瞬だけだったけど、近すぎた彼との距離が奇妙におそろしかったのだ。覗き込んでくる榛の目。確かめるような。

「斗与?」

下唇に歯を立てる様を目聡く見つけたらしいユキに、そっと名前を呼ばれた。頭を振る。

「……なんでもない」

そう、単なる思い込みだ。重なった偶然に何か理由を見つけようとするのは、些か夢見がち過ぎる。
俺の物思いの間も、許された時間を最大限に使って彼は言葉を重ねていた。演説は結びに差し掛かっていた。

「…いみじくも、先の立候補者の方が『普通科と特進科の垣根を取り払う』と仰っていましたが、それを出来るのは見目惺しかいない、と俺は考えています」

聴衆に考える時間を与えるように、口を噤む。

「……だからこそ、彼を推します。また、皆さんにも、彼に期待をして欲しい。一年と半、彼が築いてきたものが形になるのを、皆さんに助けて欲しい。見目は必ずその返礼が出来る筈です」

戯けたように付け加えて、山ノ井はゆっくりと後退し始めた。見目先輩に肩を並べ、二人は顔を見合わせる。白いシャツを着た青年が前へと歩み出た。山ノ井が先輩を少し、押し出したようだ。彼はマイク無しの、生の声で言った。

「それでは、見目惺の演説をお聞き下さい。俺の願いが、皆さんの結論に近く在ることを祈っています。――――ご静聴、ありがとうございました!」

柔らかい色合いの髪がゆっくりと垂れ、絶妙の間合いで顔が上げられた。
良く徹る声は講堂の隅々まで届いていた。或いは、マイクの集音機能がやたらに高いだけなのかも。ただ、山ノ井の演説は最後列の連中まで確実に届き、その証に背後からぶわっと、スタンディング・オベーションの波が襲ってきた。

「うおお」
「わあ、凄いね」

これ、俺もやった方がいいのか。ユキも目をぱちくりとさせて、立ち上がろうとしている。因みに新蒔は爆睡したままだ。波は確実にここで堰き止まったな、と思いきや、前の列の奴らは自発的に立ち上がった。辺りは人の壁だらけだ。何の会だか最早わからない。つうか、前が見えない。

「――――ご静粛に。それから、お座り下さい」

ふいに、渋く低い声が講堂に響く。
淡々と割って入ったのは、あのグラマーかつちっちゃい選挙管理委員長女史では、なかった。

「只今紹介頂きました普通科2年、見目惺と言います。立候補者演説を始めたいと思いますので、何とぞご着席を、お願いいたします」

マイクの前でぴんと背を正し、静かに、けれど有無を言わせない口調で会場に語りかけていたのは、見目先輩その人だった。





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