笑う男(3)



「こんな見た目通りの優等生、見目の武勇伝と言えば、朝、下宿の前で木刀振っていて近所の人に通報されたこと、でしょうか。……袴姿にスニーカーで、危うくしょっぴかれそうになったらしい」

やっぱり一回はそういう事があったのか。ユキも小さく苦笑して、俺に肩を竦めて見せた―――事実らしい。まあ、近所の人の気持ちはよく分かる。俺だって110番しそうになったものな。
見目先輩はぴくり、とも動かなかった。怒り心頭で動きを止めているだけかもしれない。
山ノ井は背後をちらりと振り向いて、平手を縦に立てたポーズを取った。ごめんね、という事なのだろうか。

「…その甲斐あってか、昨年、県大会個人戦において優勝したことは、ご記憶の方もおられることと思います。結構、陰日向と努力を欠かさないタイプなんです。むしろ努力マニア、っていうか、修行僧レベルに達しているんですが…」

講堂の其処此処でくすくすと笑い声が漏れた。おいおい、笑いを取っていいのかよ。演台の男は気にした風もなく、少し天を見上げ、また口を開く。

「部活を必死扱いてやりながら、見目は書記補佐として生徒会にも参加しました。八反田先輩の旗下、通常業務に合わせて規約の整理や、書庫の分類をねちねち続け、河浦北高時代からの書類をすべて分類、整理したそうです。ハッタン先輩、居ますかー居たら、手ぇ振ってくださーい」

一人、特進科の生徒が立ち上がって、やれやれ、といった風情で手を振って見せた。先ほど壇上に居た生徒会長その人のようである。また小さく歓声が沸いた。
「独壇場だね」と、ぽつりとユキが呟いたのが聞こえる。

彼の言うとおりだった。

会場の全員が、山ノ井が次に何を言うのかを注視している。ちょっとした身振りや喋り方、息の継ぎ方。千とも千五百ともつかない人間の意識が一点に集まっているのが分かる。

『きみのなまえ、おしえて』

「……」

あのとき、流し込まれた彼の声がふ、と蘇る。思わず片耳を抑えて口脣を噛んだ。妙に耳につくんだよな、あの声。

ぶっつけの雰囲気はあったものの、山ノ井は、彼と見目先輩の当たり前の親友関係や、日夏の唯一にして最大のウィークポイント――二学科間の不和――を解消するキーパーソンになれるであろうことを丁寧に語った。決して友人としての買いかぶりではない、文武両道な為人は先輩自身の記録で客観的に説明されていた。
この手の話題は候補者本人が触れると自慢話で終わってしまうこともあるんじゃ、と思うが、『特進科』の『山ノ井夏彦』(こちらにどれほどの効果があるのか、俺には分からないけれど)が応援に立つ、という意味は特進科生にとって結構な影響がある様子だった。



- 3 -


[*前] | [次#]
[目次]
[栞]

恋愛不感症・章一覧

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -