笑う男(2)



【斗与】


山ノ井夏彦、と名乗ったその男は講堂中をぐるりと見渡した。後ろの方で女子がきゃあきゃあと叫んでいる。うんと後方は吊り下がっているプラズマテレビの恩恵に浴せる。あの美形っぷりを大画面かぶりつきで見られるのだ、大喜びだろう。中途半端に前に座っている所為で、俺が分かるのは見目先輩が微動だにせず立ち尽くしていること、けれど頭はしっかりと山ノ井の方へ固定されていることくらいだ。

「特進科1年、山ノ井夏彦と申します」一呼吸。「これから、執行部立候補者、見目惺の応援演説を行います。ご静聴のほど、よろしくお願い申し上げます」

なめらかに彼が言うと、場内は水を打ったように静かになった。

「……その前に、私事ですが…」

山ノ井は特進科が密集している方へ顔を向けた。何事か、と思ったら、長い腕があがり、軽い動作でひらひらと手を振られる。

「―――2年生の皆さーん、お久しぶりでーす!まさか忘れたなんて、言わないよねえ!」

唐突に砕けた口調にぽかんとなってしまった。え、なんだなんだ?
すると、わあ、と凄まじい歓声を上げつつ生徒が立ち上がる。周囲の生徒がびびっている。俺も相当びびった。
百人近い数で立つ生徒たちの胸元には、紺色のアスコットタイが揺れている。確かに2年生だ。彼らはまるで見失った同胞が帰ってきたかのような態度で喜び、足を踏みならしている。ライブか何かみたいだ。
山ノ井は応えるように、さらに手を振った。

「はーい、ありがとうございまーす。あ、でもみんな先輩なんだよねえ。顔合わせたら軒並み全員『先輩★』って呼んであげるから、楽しみにしててくださあーい!」

おかえり、だの山ノ井ぃい、だの、――信じがたいが愛してるぅ、なんて叫び声も聞こえる。先生たちがすっ飛んで行って、慌てて宥めすかしているが、効果は薄そうだ。

どうやらあの美形氏、相当な有名人の模様である。
あれだけ目立つ容姿なのだから、上級生にも大人気、なのかもしれない。何故ピンポイントで2年生なのか、俺にはよく分からんが。
つうか、これだけ人数が居るのだから、顔を知らないまま卒業していく同級生だっていると思うんだけど、皆よく分かるなあ。

「お前、知ってるか?」

隣に座る新蒔に聴いたら、無言。ひとつの予想を胸に抱きつつ隣を見ると、やはりというか、寝ていた。昔の人は言いました、「見るべきものは全て見た」!その具現が今、俺の目の前で長々と伸びている。
幾ら美形とは言え、野郎では新蒔の琴線に触れないらしい。しかも可愛い系じゃないしな。匂坂的ノリがあればあと5分くらいは起きていたのだろうか。
気を取り直してもう片方の隣人、ユキに声を掛けた。こちらは流石に起きている。

「…知らない」

だろうな。

「…でも」
「うん?」
「……聞いたこと、あるかも。名前は。…でもたぶん学校じゃない、別のとき」

吊り気味の眉の間を少しだけ寄せてそう言った後、ユキはぱちぱちと瞬きをし、首を傾げて見せた。子どもじみた動作は似合わないもののユーモラスだ。これが慣れると可愛らしく見えてくるから恐ろしい。ユキは両の五指と五指とを合わせ、顔だけを俺に近づけた。

「思い出した方がいい?」
「…ううん」

別に、と言い足したら、嬉しそうに破顔されてしまった。何か勘違いをしていないと良いのだが。
――演台では話が進んでいるようだ。

「――済みませんでした、1年生の皆さん。普通科の2年と3年生の先輩方。ええ、それでは本題。見目惺の応援演説に入りたいと思います」

山ノ井の声はマイクを使っても相変わらず伸びやかで、甘さを含んでいた。生で流し込まれる程ではないが、声だけでも人を振り向かせる力を持っている、そんな印象があった。

「俺の後ろに立っている見目惺―――俺は見目、って呼んでますけれど、中学時代からの友人です。外部入学で、彼は普通科、俺は特進に入りましたが、相変わらず付き合ってます。外見の通り、爽やかで堅物で、ほどほどにいいヤツです」

適当な話ぶりに、「あれ」と思った。カンペがない。さりとて、記憶したものを話している雰囲気でもない。その場で考えて喋ってるのか、もしかして。





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