烏と鳩(11)



流石に家の中までは追い掛けて来ないので、隘路でうろうろしていた奴は置き去りにして、俺たちはさっさと玄関へ入った。三和土に放り投げた靴を拾い上げる、湾曲した背中の主は言った。

「―――俺が転校してちょっとの時に来たのが見目先輩な。『匂坂呼んでくれ』って言われてさ、普通に顔も名前も知らねえから教室中に声掛けたんだ。覚えてるぜ」
「…ふうん…」
「その後匂坂の取り巻きにつるし上げ喰らって面倒くせえのなんのって。やれ呼び捨てで呼ぶな、自分らに取り次いでからにしろ、ってな」
「特進科って皆そんな感じなの」

取り巻きとかって意味不明だ。「様」でも付けろってか?
身体を起こしたみなは、皮肉っぽい笑みを浮かべてみせた。実はそう的外れな突っ込みでもなかったらしい。呆れで下顎の骨がどうにかなりそうだ。

「いやあ、2:3:5ってとこで、愉快な連中は2くらいだな。超弩級の金持ちと、超弩級の金持ちで勘違いな奴のいちたすいちで、に」
「あとの3と5は、なんだよ」
「超のつく金持ちが3、普通のやつが5。因みに俺は5でヨロシク」
「……」
「なんだよその、じっとりとした目は」

彼はからからと、声を挙げて笑う。俺は彼に倣って靴を下足箱へ入れ、軋む階段を上がった。…ここ、3人以上乗ると過積載っぽい音がするんだよな。林先輩たちに追い掛けられている時なんて、二重の意味で恐怖だ。

「特進科でも真っ当なやつは多いよ。噂に背鰭尾鰭がついてるのと、少数の金魚が相当目立ってる結果だ。普通科でも変なやつはいるし、特進科でもまともなやつはいる」

一般論な気もするが、まあ、そんなもんか。

「そんなもんですよ」

二階に上がりきったところで、「でも」とみなは声音を変えた。それまでの冗談めかした風が薄くて、注視している俺が見た彼は、やはりそれなりに真面目な顔をしていた。

「…あいつの取り巻きに絡まれた時、正直思ったけどさ。あまり放置しておいても良いことないと思うぜ」
「………」
「逆海老鯛、って言うか。あいつに釣られて面倒事まで釣り上げそうな気がするからな。斗与は厭かもしれないけど、俺は大江とか投入しちゃってもいいんじゃねえのって思う。無理矢理でも早めに片を付けた方がいい」そこで彼は、思い出したように付け足した。
「備でもきっと、効果あるな」
「…それもこれも、無い」

心底厭そうな面構えになっていたらしく、少しの距離をも詰めて、みなは俺の肩を軽く叩いた。しかも引き結んでいた口脣の始点、頬のあたりをぐにぐにと摘み「やわらか!」などと叫ばれた。―――どいつもこいつも、俺を何だと思ってるんだ。

「使えるものはばかでも鋏でも使いなさい、って言うだろ」
「何か、ちょっとニュアンス違くないか」
「そうでもない」とみなは、あっけらかんと言う。「…大江も備も、鋏にしちゃあ若干、強烈過ぎるけどな」

俺は少し思いついて言ってみた。完全に、興味本位で。

「…じゃあ、みなを使ってもいいわけか」

廊下にエナメルのバッグを転がし、リラックスした姿勢で立つみなと、そんな彼を見上げる俺とはしばらく見つめ合った。ラウンドカラーの襟に、赤いタイ、灰色のスラックスを纏った彼と、ポロシャツに黒いスラックスの自分。改めて並ぶと、本当に別々の学校で、別々の世界に属しているような気分になる。
特進科の友人は少しきょとん、とした顔になって、ややしてから眼鏡の奥の目を細め、口角を上げた。見慣れた、彼特有のシニカルな表情だった。
そうして、警察官か何かみたいに、右の手指をぴしりと揃えて、額の前に翳す。敬礼をしながら彼は応えた。

「…知的作業限定で、遠慮無くお申し付け下さい」

俺は笑いながらその礼を受けたのだが、そのときも、そのあとも、皆川有輝の発言は大概、真理を突いていた。多分、年齢とかは関係なくて、そういう視点を持っている人間は居るのだと思う。正しく、パイロットバードのちからを有している種類のやつが。



古い物語に曰く、新天地に人間を導いた鳥は鳩だ。その前に空へ放たれ、大海に落ちた鳥が居たのを、俺は知らなかった。黒い軌跡を描いて沈んだのは、烏(からす)。凶兆と―――先触れの意味合いを持たされた、鳥。


>>>next section


- 22 -


[*前] | [次#]
[目次]
[栞]

恋愛不感症・章一覧

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -