烏と鳩(10)



『…けんもくせんぱい、』
『――なんだ、俺に用事か』
『はい』

ちょっと聞きたいことがあって、と続けた後、タイミングのまずさに苦い気分になった。

『匂坂のことじゃないです』

蛇足と分かっていながらも付け足せば、彼は酷くおかしそうに笑う。「直截に言うなあ」と彼は言い、話なら生徒会室へ行こうと促された。今出てきたばかりなのに、全く申し訳ない。恐縮していたら、

『そうだ、東明さんにも声掛けておいてやれ。たまにはそんなことがあってもいいだろう』
『は?』
『ほら、斎藤。一日一善だぞ』
『……』

意味が分からなかったものの、言われた通り「また下宿で」と挨拶をして、見目先輩の後を追い掛けた。東明先輩がでかい声で返事をしてくれ、前会長が囃し立てる声をBGMに退去した。下宿でも学校でも、何かと絡まれやすいひとだ。…ご愁傷様です。
言われたからじゃないけれど、俺は(ここ二重下線)ちゃんと接しようと思う。日々是、反省である。

『もし、俺のことで匂坂が何か言ってきたら遠慮無く言いつけてくれ。対処するから』

突発で持ち込んだ相談事の別れ際、見目先輩はそう申し出てくれたけれど、曖昧に頷いて終わりにした。勿論、ちくるつもりは無かった。先輩も分かっていて、敢えて言った風があって、雑な首肯をする俺へ苦笑を漏らしていた。

『……よくよく溜め込む奴だ』
『よくわかりません』

最近思うけれど、見目先輩って結構曲者な気がする。察してて、言及する癖に踏み込まない。自由にさせてくれる。でも、気が付かないふりは、しない。
言わなきゃ良いのに、と呟いた声は無意識だった。頭上からくつくつと、笑いを噛み殺す音が聞こえて、渋面になってしまった。糞。



そんなこんなで、俺と匂坂の無益な追いかけっこは静かに続いている。傘が手放せない季節になってから、うまい障壁が出来た御陰なのか、相手のストーキングぶりも頻繁になった。特に、ユキや黒澤と言った大型車が不在のときを狙って付いてくることが増えた。

黒澤には食堂の一件から気付かれていたし、変なベクトルで聡いところのあるユキも、近頃では高い上背を捻って不審げに後を振り返るようになっている。
ユキにおける匂坂への心証は、あまり良いものじゃない。手紙の一件で俺がぐるぐると悩んでいたことがおそらくの理由だ。新蒔の元カレ(この言い方でいいのかどうか)であることも加味されているのかも。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、だっけか。そんな感じだ。
他人事ながら、多少ははらはらした。時としてユキの奴は老若男女の区別なくリミッターを外すからな、事の起こりから血の雨の回避に努めてきた、俺の努力が水の泡になりかねない。仕方がないので、長い腕をぎゅうぎゅうに引っ張って注意を逸らさせる日々だ。
それから、新蒔が居るときも――――匂坂は来ない。元彼というものは、やはり具合が悪いのだろうか。


半月を経て、俺の単調なスケジュールは把握されつつあるらしい。
ユキや新蒔は曜日で居たり居なかったりが決まるし、黒澤はそうしょっちゅう来るわけじゃない。「あいつ、基本的に待たないんだよなあ」と笑いながら、もう1人の特進科の友人は言う。…帰った先でも会うんだから、そんなもんなんじゃないの。
消去法的に追いかけっこの傍観者になったのが、みなだった。そこで、彼と匂坂がクラスメート(W組だ)で、さらには見目先輩と匂坂を引き合わせたキューピッドその2だということが判明したのだ。



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