烏と鳩(9)



また、ある日の昼休み、たまたまユキが部活の友人に用があるとかで、外していた時があった。俺は少し思い出したことがあって、2年生の、見目先輩の教室を訪ねた。
2年6組では「見目は生徒会室に居る」と教えられ、職員室や事務課が入っている、共有棟へ進路を変更。
賑やかしい廊下を歩いていたら、例の如く視線を感じる。振り返ればそこには匂坂。しかも、今度はよくよくと周りを確認した挙げ句に、こちらへ近寄ってきたのだ。仰天した。


俺が誰かと居るときは、特進の少年は決して近寄っては来なかったのだ。廊下の角や、教室の扉の近く、購買のスペースの端から物問いた気な目で見つめてくるだけ。
大きな瞳はより一層潤み、口をへの字に曲げてひたすらに凝視してくる。涙腺決壊手前のチワワみたいだ。
部活や委員会が無ければ、大抵、俺の隣には幼馴染みが居る。新蒔がそこに加わることもある。図書委員のシフトが入っている時は、他の委員が居たり、黒澤やみなが来たりする。意外にも誰かとつるむことが多くて、あまり1人になる機会が無いんだな、と分かったのはそれが理由だ。中学生の時は結構1人でふらふらしていたのに。


少しずつ外形がはっきり捉えられて、俺は、匂坂が先月よりも痩せて、彼の顔に疲労の色が濃いことを悟った。取っ組み合いをした時も鬼気迫ったものを感じたが、あの時とは別種の、――もっと根深い何かがあるようで、情けなくも気圧され、それまでみたいに見ない振りをし損ねた。
やたらにつやつやとした口脣が、ためらいがちに開かれる。多分、目を逸らすべきだと分かっていたが、実際の俺は立ち止まって匂坂の言葉を待つような格好になってしまっていた。

『……、あの、さいと…』
『あ、斎藤じゃないか!』

聞き慣れた声。目的地だった生徒会室の方を振り返れば、何と見目先輩と東明先輩、大江家の年長コンビがこちらへ向かって歩いてくるところだった。2人の後ろには、やや長い髪を外に軽く巻いたイケメンの姿がある。ええと、こちらも見た顔だ。
俺が先輩らに気を取られていると、軽い足音が走り去っていくのが聞こえた。入れ替わりで、小走りに駆け寄ってきたのは、東明先輩だった。…やけに焦って見えるのは気の所為か。

『どうしたんだ?こんなところで。…迷ったのか?』
『…幾ら俺でもそこまでやらかしたりしませんよ…』
『わ、悪い。悪気はないんだ。ただ、大丈夫かって思っただけで』

一体このひとの目に俺はどんな生き物に見えているのだろうか。ユキの心配性は持病なので置いておくとしても、東明先輩まで餓鬼扱いしてくるとは、そんなに頼りなく見えるんだろうか。
不本意に口脣を尖らせていると、快活な笑い声と共に頭がくしゃりと掻き回される。

『東明さんはお前が心配で心配で仕方がないんだよ。くんでやれ、斎藤』
『ば…馬鹿、そんな強調して言うことでもねえだろ!』

と東明先輩、絶叫。うん、いつもの先輩ってこんな感じ。

『なに、しののお相手、このおちびちゃんかー?』

ひょい、と2人の肩の間から顔を突き出してきたのは、―――思い出した。前生徒会長だ。名前は知らん、もしくは忘れた。今後二度と思い出してやるものか。
東明さんが慌てふためいて前生徒会長の口を塞いでいるので、そちらは心から全力で応援しておいて、俺は匂坂の走り去った方を見た。そして、現生徒会長殿も同じく、廊下の先へ視線を遣っていた。言葉はないが、涼やかな視線は僅かに締まっているように思えた。



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