烏と鳩(8)



気が付いたのは、生徒会選挙が終わって暫くしてから、だった。

見目先輩の祝勝会と新しい入居者のちょっとした歓迎会を兼ねた、パーティー的な何かを催してみたり、5月にあった中間考査の結果が返却されてみたり、ばたばたと6月の半分は過ぎていった。
時季外れの転入生、みなは、俺のみならず下宿の仲間にも驚くほど早々と馴染んだ。黒澤に聞いたのだが、クラスの友人もそれなりに多いらしい。本人曰く「処世術兼、特技兼、全国行脚の結果」だとか。見目先輩のクロスワードの相手をしてみたり、林先輩たちに追い掛けられてみたり(これは珍しいことでもないか)と1ヶ月のブランクなど何処吹く風である。
特に黒澤とみなの組み合わせというのは、端から見ていてもちょっと面白い。2人はべったりじゃないけれど、割合と連れ立っている。彼らの性格を考えるとギャップのある組み合わせだと思うのだが、みなは、

「大江と斗与、とか、備と斗与、の方がギャップ萌えだろ」

とか言っていた。……萌えってなんだよ、萌えって。


先の通り、この頃からユキや新蒔に加え、黒澤、それから、みなとも帰る機会を得ていた俺は、ふとした時に視線を感じるようになった。主に学校の中や、登校下校の途中だ。
俺はクラスの連中と万遍なく、と言うよりは、特定の人間と四六時中一緒にいることが多い、みたいだ。
そんな、どうでもいいことに気付かされたのも、視線の出元―――匂坂の所為である。

初めは学食だった。
二学科共用の学食へユキと黒澤と、行ったときのことだ。新蒔とみなは委員会の会議とやらで外しており、珍しくも遭遇した特進科の友人と、昼飯でも喰おうか、という運びになった。ユキが席取りをしている間、黒澤と俺はレーンに並んでいたのだけれど。

『…あれは、知り合いか』
『?』
『こちらを、見ている気がする。あの背の低いやつだ』

隣に立つ黒澤の顔はあくまで食堂のおばさま方を向いている。彼の目線を辿ろうとして、そんな器用な真似が出来ない俺は、結局、身体ごと動かしてしまった。

『……?え、どいつ』
『…逃げた』
『え』

お盆を手にしたまま、友人の背中から反り返るように腰から上を露わにする、なんて間抜けた格好で、さらに間抜けた声が出た。黒澤は呆れた風もなく、セルフコーナーから卯の花の小鉢を取り上げた。

『特進科だ。タイは赤だから、1年。多分、V組じゃない』

V組は黒澤のクラスだった筈だ。俺は隣の偉丈夫を見上げる。少し前に厭なルートから聞いた、特進科のお国柄を思い出す。男同士の恋愛がありだとか、何とか。
黒澤だったら、確かに惚れる奴が居てもおかしくないような気がする。女にももてそうだが、男から見ても、彼は格好良い。あの美形氏のように、顔の作りが滅茶苦茶良い訳じゃないけれど、雰囲気とか、男っぽさだとか、――同性にも認められるタイプじゃなかろうか。

『お前を見ていた』

そんなことを考えながら骨っぽい長身を見上げていたら、黒澤の視線がかちりとこちらに合った。しかも彼は、何だかとんでもないことを宣った。白目の分量が若干多い、三白眼に、何故か気遣わしげな色が浮かんでいる。

『あいつは、斎藤を見ていた』と、友人は重ねて言う。
『え、黒澤じゃないの』
『…違うな。…知り合いなのか』
『特進科の知り合いなんて、黒澤と…みなしか居ねえし』

ここ最近何回か口にしたような台詞だ、と首を捻りながら、俺は彼に言い返した。そして、あれ、と思う。左右の眉の始点が、勝手に寄り合う。
特進科の「友人」は黒澤とみな、だ。でも知り合いだったらもう1人いる。しかも背が低くて1年で、多分、黒澤と同じ組ではない奴が。

『…匂坂か?』



それから俺は周囲に目を配るように、殊更気を砕いた。やや自意識過剰か、とも思ったが、匂坂とのすったもんだを鑑みれば、セロハン並の俺の危機意識も少しは厚みが増すというものだ。

厭な予想ほどよく当たる。にわかストーカーは匂坂美雅に間違いなく、検討の末、黙殺することに決定した。関わると碌な事がないのは実証済みだからな。
何の用だと問い詰めたい思いにも駆られるのだが、我慢することにした。空いた墓穴に自ら飛び込むような真似だって気がしたから。
正直なところ、前みたいに掴みかかって来られる方がまだマシである。ユキの言うように、一億万歩譲って俺が鈍いとしても、流石にあんなにじろじろ見られたら普通に気が付くわ。





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