笑う男(1)



【惺】



生徒総会が終わり、委員長や生徒会役員が控え室へとやってきた。俺も役員と言えば役員だが、総会の時は執行部の面々しか出ない。残りは袖で待つだけだ。
尤も、今日、ここで待機している意味合いは少し違う。前半までは生徒会メンバーの1人として詰めていた。これから先は、生徒会の立候補者として衆目の前に立つのだ。
試合の時のそれと比べて、緊張は極端に薄い。横に立っている特進科(高遠、と名乗られた)は少し青ざめて、見ているこちらが心配なほどだ。残りの候補者も、演説内容をメモしたものだろう、紙に視線を落として黙りこくっている。空気は重い。

壁に凭れて時間を潰しながら、俺の思考は余所へと流れていた。

戻ってきた昴、そして立候補者の一覧に名前のない夏彦のこと。出るか出ないかは、究極的にはあいつの自由だと思うけれど、家の方は大丈夫なのだろうか。
夏彦の家は色々と面倒で、煩いらしい。特に祖父と母親は息子に絶対の立場を要求している。生徒会への立候補にしてもそうだ、ゆくゆくは生徒会長たれ、まずは立候補せよと至上命令を下してきたようだ。煩わしそうに本人が言っていた。
届け出の期間を過ぎても、演説会の当日になっても、夏彦が候補者に名を連ねた風はない。メールで聞いても良かったが、そこまですることはないか、と放っておいた。あいつにもあいつなりの考えがあるのだろう。

俄かに騒がしくなったと思ったら、束ねられた幕の間からぞろぞろと生徒の一団が現れた。

「八反田さん」
「オーッス、みめー。喋る内容覚えたかー」
「はい」
「そつがねえなあ、少しはコケろよ、可愛げのない」

現生徒会長は快活に笑いながら、俺の腹に軽くパンチをした。他の執行部の面々も声を掛けては扉を抜けて出て行く。幾人かは今回の立候補者に知り合いが居たようで、立ち止まって、俺たち同様、お喋りに興じている。

「久々の普通科出身生徒会長、折角だから狙っとけ」
「運否天賦、ですよ。最善は尽くします」

昴に鼻で嗤われた回答を繰り返すと、八反田会長はうんうん、と頷いた。

「そうだよなー。俺も自分が会長になるとは思ってなかったクチだし。ちょっと他の連中よかべらべら喋るだけで、他、特に取り柄ねえもん」
「そうですか?俺は先輩の下について、楽しかったですよ」
「俺もお前が来てくれて相当楽させてもらったよ」

この人は気さくで、喋るのも上手だ。普通科生徒からも支持されて、会長の座に就いたと聞いている。軽い物言いの中にもさり気ない気遣いがあって、壇に上がると歓声が沸くこともある。結構な人気者なのだ。

「見目」
「お、放送委員長殿。お疲れ様です」
「どーも。…八反田、俺個人としては有線の件、反対だからな。一緒に申し送っとけ」
「ミメ、聞いたな?そういうことらしいから覚えておいてくれ」

各委員会の委員長に混ざって、現れたのは東明さんだった。苦虫を噛み潰したような面構えは見慣れたもので、先ほどまですらすら報告をしていた声とは随分な差がある。思わず笑ってしまった。

「昼の放送なんて喧しいだけだ。いっそ無くしちまえ、って言ったのに、こいつは一般生徒煽り立てて申し入れまでさせやがって」

筋金入りの苦労性ぶりは学校でも発揮されているらしい。どうにも絡まれやすい性格の人だ。八反田さんは東明さんの肩を気易く組むと、乱暴に引き寄せた。東明さんは仏頂面だ。

「えー、だっていいじゃん。タダで聴き放題だし。知り合いの親父が放送会社やってるから、そこに頼めば結構いいの流してくれると思うぜ」
「そういうのはカラオケでやってろ。音楽なんて流さなくても充分うるさいだろ」

立て板に水、とばかりに反論されて、流石の会長も目を丸くしている。林たちに鍛えられているから、東明さんの突っ込みは半端ないものがある。元々はボケ担当だと思うのだが。
言い合いに発展しかけている2人をまあまあ、と宥めながら言った。

「俺が引き継ぐ可能性は不明なので、きちんと書面に残しておいて下さいね、お二方とも。…じゃあ、そろそろ、行きますから」
「しっかりやれよ」と東明さん。率直な応援の言葉は嬉しいので、頷いて応える。
「おー、ガンバー。……って、あれ、日向野どうしたよ」
「ああ、それが…まだ、みたいです」

応援人を買って出てくれた特進科の友人、日向野の姿は此処にはない。
生徒会事務局の連中は反対側の袖に待機しているが、俺は演説があるのでこちらに詰めていた。同じ事務局の日向野も応援演説があるので、そろそろ来ても良い頃合いなのだが。
八反田さんは、ふうん、と鼻を鳴らした。

「あいつのことだから余興でも用意してんじゃねえの。覚悟しとけよミメ」
「ええ…はい。そうですね…」

横断幕を翻しながら舞台を突っ切る、くらいのことはしでかしそうだな、と思いつつ、曖昧に笑って見せた。余興は結構だが、立候補者本人までびびるような真似は勘弁願いたい。

「立候補者は演説会が始まるので準備してくださーい。あ、ハッタン先輩、早く出て出て!」
「ったくうっせえなあ、吉利はよー」

ぶちぶちと文句を言いながら、東明さんに寄りかかったままで八反田さんは退場。体重を掛けられた方は迷惑そうによろめきながら歩いて行った。
俺は彼らと逆に、段数の少ない階段を上った。他の候補者たちも先んじて壇に向かっている。
―――幕開けだ。




舞台は水銀灯とスポットライトで照らされて、ひどく眩しかった。白く輪郭線を飛ばす視界に目を細めながら、自分の椅子を捜して番を待つ。
演説の順番は決められていて、立候補者12人の内、俺は8番目だった。因みにこの中から執行部として当選するのは4名だ。普通科からの立候補者は俺を含めて3人しかいない。皆、端から諦めている。

「ではこれから、20XX年度立会演説会を行います。司会進行は私、選挙管理委員長、――――」

先ほどの女子のアナウンスを合図に、演説会は始まった。
ひとり、またひとりと演台に上がっていく。会長の予言、ではないが、女装した応援団を引き連れて登場したり、野太い歌声で大合唱したりする応援人を見るに付けて、頭がずきずきと痛んできた。事前の打ち合わせが出来なかったのが辛い。あんなことをされたら調子が狂って余計なことを言ってしまいそうだ。

俺の前にいた高遠の演説が終わり、ついに自分の順番がやってきた。ゆっくりと深呼吸の後、返事をする。言葉を発する前から勝負は始まっている。一挙手一投足が人の目に曝されていて、印象に反映されるのだ。

演台に進むまでの間、別のところからサプライズがあった。部活の連中だ。大方、部長か素野あたりの指図だろう。流石に動きが止まった。
しかしいつまでも竦んでいるわけにはいかない、小さく頭を振ってから真面目くさった礼をしてやった。もしも落選したら全員居残り稽古の刑、決定だ。まとめてしごき倒してやるから、覚悟していろ。


誠に遺憾なことではあるが、剣道部連中のサプライズはまだ可愛いものだった。幼児のお遊びのようなものだ。

真の驚愕はその後に待ち受けていた。
土下座する日向野を脳裏に思い浮かべながら、彼の代理、と名乗って現れた闖入者を睨み付ける。そういえばあの2人、去年は同じクラスだったな。あいつのことだから日向野に圧力を掛けて、無理矢理引っ込めたのだろう。予想は厭なほど簡単についた。

夏彦、お前、そこで一体何をしているんだ――――?!








- 1 -


[*前] | [次#]
[目次]
[栞]

恋愛不感症・章一覧

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -