烏と鳩(6)



【斗与】

「…って言うような事があって、全く散散だったぜ」
「へえ…」

正門から外へと架かる橋をだらだらと帰る。ビニール傘が水滴を弾いて、透明な人工膜の上へ新たな皮膜を作っている。
雨だ。
こちらの梅雨は東京のそれと比べて短く感じる。その分、夏の暑さ、日の眩しさは倍増しだ。影をアスファルトに焼き付けるような、絶対的な夏の勢いは懐かしく、同時にしんどい思い出も連れてくる。掌に薄く残った火傷がじくじくと呼ぶ気すらする。
雨が降れば快晴の空を希むし、照りつける日の下では秋が待ち遠しい。現金だなあ、と思いつつも、今は早く梅雨が終わればいいと願ってしまう。



今日は、先頃やってきた下宿生、皆川と一緒に帰っている。
一回は全くの偶然だった。俺が図書委員でカウンターの当番に入っていたら、彼がふらりと図書館にやってきたのだ。図書館は普通科も特進科も共用で、これまたでかい代物だ。図書「室」ではなく、図書「館」と称する通り、3階建て吹き抜けの棟が単独で建っている。委員の仕事は司書の先生を手伝って、カウンターで貸借の対応をしたり、書架の整理をしたり、ブックカバーを1冊1冊に掛けたりすることだ。
無断持出を防ぐ磁気みたいなもんをひたすら解除しまくっていたら、くつくつと笑い声が聞こえた。

『…大型本は大変だよなあ』

『日本怪奇幻想生物事典』なる、座布団半分折くらいのでかい本と取っ組み合いをする俺に、話しかけたのが皆川だった。カウンターへ肘を突いて、こちらを覗き込んでいる。

『冷やかしなら帰れよ』
『いいや、本借りに来た』

差し出された文庫本3冊に赤い光を押し付け、貸し出しの処理をすると、下校の放送が流れ始めた。カウンターの奥、事務室から先生がひょっこり出てくる。

『斎藤君、もういいわよ』
『あ、はい』

返却された本をワゴンに並べていると、皆川はカウンターの脇に居た。鞄へ本を放り込んだ彼は、悠々と台に半身を凭せ掛けていた。俺より大分暗い、それでも茶味の強い髪を適当に撫でつけた後で、眼鏡の同学生は言った。

『斗与、帰るよな』
『ああ、うん』
『じゃ、帰ろーぜ』

――――それが初めの一度目。



お互い帰宅部で学科も違い、帰る距離だけはとにかく短い、とくれば黒澤もそうだし、同じ特進科の皆川とも帰る機会はそうそう無い。
の、筈が、

『へーえ、図書委員でカウンターやってんだ。いつ?』

という遣り取りの後、ユキや新蒔と似たようなところまでは行かずとも、それなりに一緒に帰るようになってしまった。皆川も黒澤も、実は図書館の常連だったらしい。3年生が各委員会から完全に引退して、1、2年生で回すようになった結果、得た産物がこれだ。





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