笑う男(11)



ここでもう一度「駄目だ」と言うのは些か幼稚だろうか。あからさまに備狙いっぽいしな、この男。そんな思考を読んだらしく、亜麻髪の男はくすくす笑う。
―――揺れる彼の肩の向こうから、さらに一人分の視線があった。

「黒澤のことは、いいよ。オレも色々と浮いてるからさ、知り合いは一人でも多い方がいいかな、って思ってて。でも無理強いになってたら、ごめん。あー、…充分無理言ってるか」
「…皆川、有輝」
「みながわありてる」

山ノ井が発音しただけで、聞き慣れた自分の名前は不思議にまろい響きを帯びた。何かこう、ぞくっとする。悪い兆候とも良い兆候とも決めがたい感覚だった。取りあえず黙って頷く。それから、顎の先で山ノ井の向こう側を指した。

「そいつ、もう随分待ってんじゃねえか」
「…ああ、へーき」言った山ノ井は首を捻って後ろの男を振り返った。「悪い、スバル」

廊下に突き出た柱に凭れていた生徒が、ゆっくりと背を起こした。やはりこいつもでかい。備と山ノ井と並べてボーリングのピンにしたら丁度いい感じ―――いや、別に俺、嫉んでるわけじゃあないぞ。あくまで印象を素直に述べているだけだ。



スバル、と呼ばれた男――彼とは先ほど、一度目を合わせていた訳だが――は酷く奇妙な、不安感を掻き立てる人物だった。なんだなんだ、と考えながらそいつを眺め回し、ある時点でふいに悟った。


目だ。目が、まずい。


黒曜石を填め込んだかのような、山ノ井と対照的にひとみが沈み込んだ双眸。黒目の部分が大きく、思考も、表情も読めやしない。
山ノ井は対峙する俺の動揺を気付いた様子もなく、相変わらずの明るい口調で言った。

「こいつはツモリ スバル。オレの連れ。よろしくしてやって」
「―――」

黒髪長身、やたらと深い色の目をした生徒―――ツモリ スバルは緩慢に、しっかりと瞬きをした。

まるで、何かをリセットするかのように。

それから、何事か(「なつはおそい」、と聞こえた。夏?が、遅い?確かにまだ6月だ)低い声でぽつりと漏らすと、さっさと踵を返して立ち去ってしまった。
肩を竦める山ノ井と、言葉を失う俺。そして鳴る、チャイム。
ホームルームにも遅刻の概念はあるよな。ありますよね?あー、全くやれやれだぜ。
数メートル先のクラスへ小走りに向かうと、背後から「ごめんねぇ」と甘い声が投げつけられた。何というか、薄利多売の感があるな…。俺は充分堪能させて貰ったから、やるなら女子にやって頂戴な。



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