笑う男(9)



【有輝】

「どうだった」
「悪くなかった!あの凸凹コンビ見てて面白いな」
「…だろ」

吐息だけで笑う備の全肯定は、この男にしては、多分、珍しいのだと思う。
普通科コンビと別れた後、他の特進の連中に遅れること相当にして教室へ向かった。モダン建築の特進科校舎は、金属部分が黒か銀で統一され、他の建具もモノトーンを基調にしている。石の廊下は絨毯敷きだ。全棟空調完備、土足OK。我が家の支払った学費が如何なく消費されている。
備は堂々としたもので、「慣れねえ」と呟く俺を何の感情も配さない目で一瞥した。

「…斗与の目さあ、あれ地なのか?」
「生まれつき、らしい」と備。「…母親がああいう色味で、きょうだいも似たような、茶系の目だと言っていた。混血、とかじゃない」
「へえ」

日本人でも、北とか南の土地には、時折先祖返りみたいなことが起きるらしい。演説会が終わって照明が緩くなった場内でも、はっきりと分かった淡褐色の双眸。「飴みたいだ」と評した備の気持ちも分かる。

「大江の髪は染めたものだ」
「…それは流石に俺でも分かるわ!」

突っ込みを入れつつ階段を上りきったところで、俺らは足を止めた。正しく言えば、止めざるを得なかったのだ。4階の廊下の手前は、ざわめく黒山の人だかりで交通止めになっていたのである。

「あー…?」

興奮した生徒の群れ、群れ、群れ。
皆、顔が紅潮し、視線は一点に集中、端の方に居る奴らは中心を覗き込もうと爪先立ったり、前の生徒の肩へのし掛かったりと姦しい。
あん?何じゃこりゃ。デジャ・ヴュを覚えるぞ。
腕時計を確認したところ、ホームルームの開始時間まで数分もない。うちの担任、結構時間には厳しいのだ。転校生のレッテルがまだ剥がれてねえのに、教師に目をつけられたら堪ったもんじゃないぜ。
(おそらく)平均身長の俺をしても、I組のドアは特進科の生徒で全く見えない。俺はW組、備はV組だ。この集団を吹っ飛ばさない限り、教室には到達できませんがな。

「これ、どうなってんの」
「…2年だ」
「あ、…本当だ」

備の指摘の通り、押しくらまんじゅうをしている奴らの胸元は紺のタイで飾られている。廊下に面した窓を開け放ってこっそり覗いているのは赤いタイの1年生。視線の先を辿っていくと、人と人との間に、ちらりと柔らかな甘い茶色の髪が見えた。

「…?」
「―――行くぞ」
「突っ込むのかよ」
「他に方法があると思うか」と備は言った。少し不機嫌そうだ。
「ほんじゃあ、先、備君宜しく」

俺がポケットに手を突っ込んでだらだらと背後へ回ると、備はたっぷりと息を吐いた。あーあ、溜息つかれちゃったよ。でも普通に考えて無理じゃねえか。これを掻き分けるにはお前さんの人海分割機能が必要なんだ、ってことくらい。
意を決したらしい備は、「失礼」と一言呟くと、後は躊躇なく歩き始めた。持つべきものは180センチオーバーの頼れる友人だ。肩で押し出された先輩どもは一瞬、むっとした顔をしたものの、備の顔と、襟元のネクタイを見た途端、数歩後ろへ下がった。次の2年生も同じ。小判鮫のように奴の背中に貼り付いて人の波を避けに避けた。目があった相手には軽く会釈をする。すり抜ける合間合間で、中心から喋り声が漏れ聞こえる。

「……ったいいつ戻ってきたんだよ!いきなり…」
「ごめん、ごめんって!オレにも色々あってさぁ」
「つか、…年からとか……直しなのかよ」
「あれこれ経験済ですってことで、楽させて貰うつもりだから」

あははは、と軽い笑い声。やはり聞いたような声だ。
余所見の成果はしっかりと張った体の線と、揺れる丁子色の長髪。それから視界一杯を塞いだシャツの白。

「ぷわっ」
「……っ」

勢いよく前の備に衝突した所為で、玉突きになった彼もろとも、そこらに居た先輩にぶつかってしまったらしい。何をする、と鋭い声が上がった。うわ、悪い、すまん!
悲鳴は騒ぎの中にも大きく響いて、人垣の何パーセントかはこちらに注意が逸れたようだった。備が押してしまった2年がぎろり、とこちらを睨んだ。

「なんだよ1年、うぜえよ……、……?」
「……」
「済みません、俺が押して…」
「お前、1年の黒澤、か?」

友人は黙り続けた。顔は見えないが、どんな表情かは想像に難くない。あの三白眼で、口を薄く引き結んで、静かに相手を見下ろしている。常態の、備。
本格的に割って入ろうと狭い空間へ無理無理頭を突っ込み、俺は奴の前へ出ようとした。お茶を濁すのと面倒を有耶無耶にするのは割と得意であるからにして。

「――黒澤?」
「…?」

ひょんな所から再び友人の名前が呼ばれる。ううん、備ちゃん、お前も結構有名人じゃなーい。鼻の先に引っかかった眼鏡を直していたら、小さく詫びを入れつつ、俺らの方へやってくる男が見えた。1時間くらい前に、でかいプラズマモニターで見た顔だった。







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