烏と鳩(4)



【有輝】

何処のコンサートホールでしょうかね?という具合の大講堂から出る段になって、突然、誰かに襟首を掴まれた。何事かと振り返れば、友人の備がぬうと立っていた。隣同士のクラスだったこともあって、割合近いところに座っていたらしい。

「よお」
「……うわ、く、黒澤?」
「――来い」
「皆川、おい、大丈夫か?」
「あん?何がどうして大丈夫とか何とかいう話になるんだ?」

慌てふためくクラスメイトを置いて、俺はぶるぶると首を横に振った。ごつい手はあっさり離れ、備はすぐに歩き出した。人の流れに逆行して階段を降りていく姿が見る間に埋没していく。急いで後を追った。
備が向かうと騒がしく歩く生徒の列がきれいに割れる。おお、素晴らしい便利機能だ。これ新宿とか渋谷あたりで使えたら役に立つだろうなあ。
なるべく奴の道筋に沿って歩いたつもりだが、如何せん相手をする人の数が多い。ホールはでかくても通路の広さは限られている。それから俺にはそんなモーゼ機能は搭載されていない。結果、揉みくちゃにされて、目当ての所へ到着した頃には見事ずたぼろになっちまった。眼鏡もずれているし髪の毛がえらいことになってる。鏡、持ってきてたっけか。

「皆川、」

備に呼ばれて顔を上げると、そこにはまあ、何とも愉快な二人連れが立っていたわけだ。




親父の仕事の為に小さい頃から転校三昧、中でも今回転入学した日夏学園高校特進科は、俺からすれば珍妙なところがある。

皆川家の作戦としては、大都市とは言え地方で、高校の1年目、ブランドも学費も相当に上の高校に入ることで、「しばらく転勤の方は無しにして頂けませんかね」という意思表示をしたつもりだった。勿論、親父は会社に直で陳情もした。
ところが特殊な企業保険の調査エージェント、なんつう微妙なお仕事はそんな工作を奇麗さっぱり無視して下さったのだ。引っ越して一ヶ月もしない内に長期出張の命令が下され、その翌日には親父は機上の人だった。
思うんだけどさ、もうあそこの会社辞めるしかないんじゃね?そりゃ嫁にも逃げられるわ、と俺が言うと、親父は無言で頷いていた。追い打ちを掛けるのは可哀想なので、その辺りにしておいた。水とナマモノと土着の風習には気をつけろよ。餓鬼の頭撫でるだけでキレた親がすっとんでくる国だってあるんだからな。

小・中・高校のちょびっとは(最後のは一ヶ月の籍だけみたいなもんだ)公立の学校だったし、中3の1年を過ごした土地は廃町寸前で全校生徒は全員で40人です!という過疎マックスなところであったから、日夏学園で感じたギャップは筆舌には尽くしがたい。順応性に定評のある俺ですらぽかんとすること多々である。
例えば、特進科って学費は入学時に一括納入なんだぜ?しかも基本的に返金は致しません、と来た。それって裁判とかにならないのか、と友人に聞いたら、きょとんとされてしまった。

『ふつう辞めないし、もし辞めるとしても大したお金じゃないじゃん』

世の中には倒産とか不況とか、ワーキングプアとか就職難とか色々あんだよ。知らないのなら覚えておきなさい。現代社会のテストにも人生にも出ますからね!
まあ、言っても分からん、且つ分かりたい欲求がなさそうな奴にわざわざ説明する必要はない。「そうかそうか」と言うに止めて、話題は別のものに切り替えた。




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