烏と鳩(2)



文字通り、モーゼのように人を掻き分け掻き分け、登場したのは黒澤だった。校舎が無駄に広い所為か、下宿以外で顔を合わせる機会はあまりない。合同授業とかもないし、カリキュラムは全く別立てだから。少し不思議な感じで、朝別れたきりだった友人を待った。
他の連中と同じように教室に戻ろうとしたところで、灯台みたく突っ立っているユキを発見したらしい。わざわざとって返す程の用事があったのか。

「ミナガワ」

黒澤が言うと、彼の後ろで息を整えていた男が緩慢に背を起こした。
下に枠のついている眼鏡を掛け、俺よりかは黒っぽいけれど茶髪の特進科生。匂坂と同じように、やわらかなアスコットタイと締め、ラウンドカラーのシャツと薄手のベストを着ている。
背は俺よか高い。大体林先輩たちと同じくらい、だろうか。流れを逆走した所為で滅茶苦茶疲れているみたいだけれど、ぱっと見、シャープで頭が良さそう、って感じの奴だった。
彼は眼鏡を掛け直した後、ユキを見(「おお…」と呟いた)、そして俺を見た。

「おー!」
「………」

なんだ、その反応は。しかも好意か、その逆か、分からない笑みを浮かべている。シニカルな、含みのあるような笑顔だ。彼はそのまま、黒澤を肘でどついた。

「!」
「!!」

あの、黒澤を。肘で。

「……帰るか」
「いやいや、冗談です冗談です、じょおだんですよ、備君!」

「…そなえ」と呟くと、「俺の名前だ」との返事があった。

「いや、うん、知ってる」

正しくは思い出した。そうそう、そんな名前だった。

「そうか」と黒澤は頷いた。少し笑っているようだ。「…そうか」
「備君、良かったねえ!」
「邪魔をしたな。……大江、紹介の話は無かったことにし」
「冗談だって言ってるじゃないか、聴けよ!……まったく、ウィットに富んだジョークとかエスプリを理解しろよなあ」
「…笑えない冗談は冗談じゃない」

俺とユキは顔を見合わせて、互いの馬鹿面をよく確認した。黒澤が、掛け合い漫才らしきものをしている。対林先輩の時にはない、平和さで。
黒澤の前に出ると、彼は再び眼鏡の蔓を指で弄った後、姿勢を正すような仕草をした。

「ミナガワアリテル。特進科1年で、ちょっと前に群馬から転校してきた。諸事情あって部屋捜してて、備の口利きで大江さん家にお世話になります。……宜しくお願いします」
「あ、ばあちゃんと黒澤君から、話は訊いてます。僕は大江由旗。大家の孫です」
「俺は斎藤斗与。同じ下宿生。よろしく」

それぞれに自己紹介をすると、ミナガワ――皆川は「知ってる」と言った。

「二人のことは備から聞いてる」
「はあ?!」

黒澤は真っ直ぐ前を向いたまま、ノーコメント。なんだその、ちょっと都合悪いです的な雰囲気は。あんたは一体何をどう説明したんだ?



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