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あれ、これってもしかしなくてもやつの相手をしちゃったんじゃないの、と青ざめた頃には、燕寿は鼻歌でも歌いだしかねないほど機嫌がよくなってしまった。試験前に問題を出し合うとか、どこの仲良しだ!同級生か!って、学級は違うものの、確かに同期生だった。
ぼんやり考え事をしていたら、次は次は、と急かされて、俺も設問を出してやる、とか言われて、つい乗っかってしまった。くっそ。

「落第してもここから追い出されるわけじゃなし、気楽にやれよ」

俺を構い倒して満足したのか、再び葛籠へ手を突っ込みながらそんなことを言う。蓋の所為で行李の中は不明だが、とかくご執心である。
俺としては積極的に追い出して欲しいのに、世の中うまくいかないものだ。

「……」

励ましとも慰めともとれる台詞は、しかし、独白と判断して、応えないでおいた。基本、呼ばれるまでは話しかけはしない。ここに来てから自分に課した不文律のひとつだ。餌とあたたかな寝台、何より抱いた抱かれたの体の関係が変な情になって、憎しみを鈍らせたら最悪である。
俺はこいつが嫌いだ。しでかしてくれた所業はもちろんのこと、この男の存在自体が受け入れがたい。やることなすこと鼻につく。

「少し休憩でも入れたらいい。根詰めてやったところで成果、出ないだろ」
「俺はどこかのどちらさまと違って、こうでもしないと覚えらんねえの。わかったら構うんじゃねえよ」

本音はとっても休みたい。今すぐにでも布団に転がってごろごろしたい。
だが、休憩を勧めてきた相手は俺にとって最も憎むべき男で、不倶戴天の敵であったので、とてもうんとは言えないのである。代わりの返事は先述のような、愛想の欠片もないものになった。
やつは―――燕寿は、いつもの通り、こちらの雑言を意に介した様子もなく、行李から取り出した何かを寝台へ展開させていた。
正直、気にはなったが、持ち込まれるあれこれにあまり良い思い出がなかったので、即、興味から外す。強制的にでも除外だ、除外。代わりに、臥榻の上に座り込む男の横顔が視界に入る。

見目だけを取り上げるならば厭味なほどに顔かたちが整っている。
背は高く、手足は長く、夏渟人らしい黄味につよい肌はしみひとつない。髪毛と同じ、漆黒のひとみを備えた目元は涼しげで、濃く生えそろった睫毛があわい翳をつくり、徹った鼻梁も口脣も、かたちといい、均整といい、精巧に整えられた細工のようだ。
よく鍛えられた体躯は太からず細からず、どんな衣装を羽織っても至高の王のごとく映える。声音も当然のごとくやや低めの美声である。
動きやすい旅装や、養父母の家に乗り込んできたときの慶事の衣装はもちろん、今、身につけているような薄織の長衣を慣れた所作でさばく姿は嫌みなほどに様になる。くつろいだ、緩い線の衣袍は、濃紅の単色地に鷺を織りだした柄で、翻る裏地は紺。裾が広がったつくりの袴(こ)も同じ色味で合わせてある。すべてにおいて見るからに高価そう。
刺繍を一切使わず、織り目だけで描かれた佇む鷺はともすると朱雀紋に見えなくも、ない。
朱雀は執政にのみ許された特別な図案である。ひとつ誤れば不敬に問われそうな衣だけれど、こいつの立場と倫の看板をかんがみれば、ぎりぎり見逃されるところなのだろう。
いっそのこと、大通りをこの格好で練り歩いて庭府の捕吏に捕まってくんねえかな。そうすりゃ用無しとなるであろう俺は目出度くお払い箱、訳のわからない花精もどきを追い出せて清冽さんも一安心、てな具合に四方丸く収まる気がするんだが。

「おい」

迦眩、と呼びかけられて顔を上げぬままに「なんだ」と返事をした。
以前、黙殺をしたら酷い目にあったので無視はできなかった。不文律、その二。原則話しかけはしないが、呼ばれたら反応はすること。…我ながら卑屈で泣ける。

「碩舎に行きたい、と言っていたな」
「…それがどうかしたかよ」
「行かせてやろうか」
「誰がお前に頼むか…、って」

驚愕もあらわにやつを見る。まともに反応をした俺へ、燕寿はとても満足そうに、嫣然と笑いかける。

「…なんだって?」



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